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夏の一幕 夏の夜の虫の音
♢
二人を引きずって台所で飯の準備。
二人を引きずって部屋でご飯。
二人を無理矢理詰め込んでお風呂。
二人を布団に転がして雑魚寝。
「…………ごめん。ふたりとも。俺、ほんとに、ひとりが怖くて……ごめん」
枕を抱えてうつむきで死んでいると、左右のミチと可愛斗がにじり寄ってきた。
「気にすんなよ。俺は嬉しいぜ? ほとりと一緒にいられるの」
「そうだな。流石にトイレにまで押し込まれた時はどうなるかと思ったが。気にしなくていい。夜中も、眠れないのならテレビでも観るか?」
二人が優しい。いやミチはいつも優しいけど。
可愛斗が俺の飯の味付けに文句つけるとミチがルンバさんで殴り飛ばしていたな……。「俺はデリカシー無いってルンバさんに叱られたのに、お前もか!」と言いながら。お掃除ロボで殴るな。
可愛斗もまあ、それから大人しいし。
「そうだよ。テレビ観よーぜ。深夜テレビってエロいのやってねーかな?」
「可愛斗はエロが好きなのか?」
「グぼッ‼ ……その質問をイケメンにされると何故か死にたくなる……ッ‼」
眠くなるまで三人でテレビを眺めることに。テレビと月明りだけの暗い部屋で。テレビの人より喋っていた可愛斗だが、ホラー映画が始まるとひとっことも話さなくなった。
布団に潜り、カタカタ震えている。
……う、ちょっと、可愛いかも。
座布団をクッションのように抱きしめているミチが画面を指差す。
「さっきから不思議なんだが、この人間たちはどうして怖がっているんだ?」
ミチが白け切っていて面白い。可愛斗と正反対だ。
「幽霊が追いかけてくるからでしょ?」
「そこまで怖がるのか? 刃物を持っているわけでもないのに?」
「え? あ、あー。あの幽霊はあの人たちを、殺そうとしているから、だよ」
「顎を狙えばいいんじゃないか?」
「幽霊に物理で挑むな」
俺もホラーはそこまで得意じゃないし、廊下の向こうからあんなのが出てきたら悲鳴上げるけど。……自分の横で自分以上に怖がってる男がいるせいか、そこまで恐怖を感じていない。
「チャンネル変えようぜ! こんなん見たら夜中にトイレ行けなくなる‼」
「チャンネル変えろおおおっ」と夏布団饅頭が泣いている。
「仕方ないか。俺もちょい怖くなってきたし」
チャンネルを変えた。天気予報が流れている。
「明日は雨か。雨の時は洗濯もの、どうしているんだ?」
すっかり洗濯担当になったミチが目を向けてくる。
月明りがほのかに反射し、銀の髪を白に輝かせる。
やさしい、澄み切った青い瞳に、口を開けてぽーっとしてしまう。
「ほとり? 眠くなったか?」
「あ、いや……。その。ミチの髪が、きれいだなって……」
「俺がか? ありがとう。今宵のほとりも可愛いよ」
ミチの指が耳に触れる。誘拐された時、俺がイヤリングを付けていたのが気に入らなかったようだ。装飾品はミチが握り潰して粉末に変えていた。握力化け物過ぎるだろ。
「……イヤリングとか、似合わない、かな?」
「そう言う意味じゃない。あいつが選んだものが、気に入らなかっただけだ。ほとりが選んだものなら、俺は何も言わないさ」
耳から離れていく手を摑まえ、ミチの人差し指をそっと握った。
「ん?」
「ミチに、選んでほしいって言ったら……? 選んで、くれるの?」
青い瞳をぱちくりさせる。
「俺、ルンバさんがしばらく無言になるほど、センスないぞ?」
小さく吹き出す。
「どんだけだよ。逆に気になる。もし選ぶとき、でいいからさ」
「そうか。ほとりがそうして欲しいのなら、そうしよう。選ぶの楽しそうだ」
「いい雰囲気になってんじゃねーーーーぞ」
修羅の顔をした可愛斗が割り込んできた。
「いい雰囲気ってなんだ?」
「おい聞いたか⁉ ほとり! こんな鈍感系イケメンやめとけ! 俺にしとけ。それがいいそうしよう!」
「……俺にしとけって。お前、俺のこと好きなのか?」
「え?」
苦笑いを向けると、可愛斗はボッと顔を赤くした。さっきの勢いが嘘のように縮こまる。
「お、おれは、あうう……」
もごもご言いながら布団の中に消えていく。あやすように布団を叩きながらミチに話しかける。
「さっきの話だけど。洗濯もの。雨の日は倉庫の中に干してるから」
「倉庫? そんなのあったか?」
「ほら。自転車を放り込んでるところ」
「ああ。あの物がみっしり詰まったとこか」
ミチが遠い目をしている。言っとくけど。俺が来た時から、倉庫内はああなっていたんだからな。
「……ん? 可愛斗?」
静かだなと思い、ちらっと布団をめくると、丸まった可愛斗が眠っていた。規則正しい寝息が聞こえる。
「賑やかしが真っ先に脱落しやがって。叩き起こすか」
「いいよ。寝かせてやろうよ。俺につき合わせちゃってんだし」
可愛斗の布団に運ぼうとしたら、ミチが持ち上げてくれる。
ポイっと放り投げた。俺が言えた義理じゃないが、可愛斗の扱いが雑だな。
「静かになってしまったな。よし。テレビの音量をマックスにしよう。ほえろ、テレビ」
「太陽にほえろみたいに言うな。待って。俺も眠くなってきた、かも。そろそろ横になるわ」
長い足が俺の布団を跨いで、ベッドにもたれる。
「そうか。俺は起きておくから。何かあれば声をかけろ」
「……夜、起きてるの退屈じゃないの?」
ミチは胸に下げている翻訳機に触れる。
「ちっとも。夜はこの星のデータを読み込むのにいい時間なんだ。この前は歴史について学んでいたら、あっという間に朝だった。続きが知りたい。……いや、人間について学んだ方が良いか? 可愛斗の旅行先の国すら分からないのは不味いか」
うーむと悩んでいる。
「その前に都道府県を覚えた方がいいかも」
「北海道は覚えたぞ。あのダイヤ型の土地だろ?」
「だ、ダイヤ型……まあ、そうだね」
話していると瞼が降りてくる。低くて穏やかなミチの声が、耳に心地よい。
「四国も覚えやすいな。形に特徴があると……ほとり?」
「……」
「眠れたようだな」
誰かが布団をかけてくれた。
暑さを逃がすために開けっ放しの窓の向こうでは、夏の虫たちが合唱している。
カエルもゲコゲコ鳴いていて、静かなのにやかましい夜だった。
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