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第1話

薄暗い倉庫の奥で、弱い灯りがゆらりと揺れていた。日の当たらない湿った空気の中、床には魔力封じの手枷を嵌められた青年が横たわっている。 「……また面倒事を押し付けやがって」 商人は投げやりな声で呟いた。目の前の青年は、明らかに只者ではない気配をまとっている。整った髪質に、貴族特有の気品。だが顔に覚えはない。 床に転がされた青年――ルヴェーグ・エプシアールが、かすかに身じろぎしたのを横目で確認しながら商人は言った。 「出品者のところに連れてくまで待っとけ」 荒く息を漏らしながら、ルヴェーグは問う。 「……フィサ……っ、フィサは無事なのか……?」 「あ?誰だそれ。……よし、手続きは終わった。確認に行くぞ。ほら、立て」 壁に体重を預けながら、ルヴェーグはどうにか立ち上がった。 「おい、こっちだ。早くしろ」 ◆ 扉が勢いよく開いた。弾かれたようにそちらを向いたフィサは、商人に連れられて立つルヴェーグと目が合った。 「レーベ……」 ルヴェーグは荒い息のまま、かすかに言う。 「……フィサ……。なにか、事情が……あったんだろ……?」 その声に、商人は眉をひそめた。 「勝手に喋らせると面倒が増えるんだよ。口、閉じとけ」 フィサは反射的に駆け寄り、震える指でルヴェーグの肩に触れる。 「……っ、大丈夫です……少しだけ……少しだけ話を……させてあげても……」 商人は泣きそうな顔のフィサをじろりと見た。事情は込み入っていそうだが、深入りする気はない。 「出品者が言うなら好きにしな。売りやすくする薬を取ってくる」 扉が閉まり、部屋には静寂が戻った。 緊張の糸が切れたように、ルヴェーグが崩れ落ちる。フィサは必死で支えようとするが、細い腕では受け止めきれず、そのままふたりは床に倒れ込んだ。 「レーベ……」 荒い呼吸のまま、ルヴェーグはかすかに笑った。 「……なにか……事情が……あったんだろ……?」 フィサは喉を震わせ、搾り出すように吐き出す。 「か、家族が……お金が必要で……っ。ぼ、僕を売っただけじゃ足りないって……レーベを……売れば……って言われて……」 と、その時。 扉が開いた。 「話は済んだか」 薬瓶を手に商人が戻ってくる。フィサは縋るように叫んだ。 「ま、待ってください……! あの、今からでも……取り消しって……!」 商人は鼻で笑う。 「バカ言え。こいつがどれだけ高く売れると思ってる。あんたが“その額”払えるなら考えてやるがな」 最初から払えるとは思っていない声音だった。 言葉が終わるより早く、乾いた音がして、ルヴェーグの首筋に薬が打ち込まれた。 「っ……あ、ぁ……」 喉が震え、体が大きく揺れる。フィサの顔色が蒼白になる。 「レーベ!!」 ルヴェーグは必死に意識をつなぎとめ、フィサの方へ声を絞り出す。 「だい……じょうぶ……だ……。ただ……相談くらい……乗ったのに、な……」 「ごめんなさい……ごめんなさい……っ……ほかの方法が……思いつかなくて……」 視線はもうフィサを捉えていない。 「……“あれ”に……連絡……して……シ……グマ……に……」 そのまま糸が切れたように崩れ落ちた。 フィサは震える手で通信石を握りしめ、叫ぶ。 「シグマさん……っ……助けてください……! レーベが……売られ……!」 『事情は把握しました。すぐに向かいます』 冷静な執事の声が返る。すべてを理解しているかのような声音を聞きながら、フィサはただ祈るしかなかった。

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