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第7話

その夜―― エプシアール家が静寂に沈む頃、 屋敷の裏手にひそやかに忍び寄る影があった。 黒衣の男が勝手口の鍵穴に細工を施すとカチリと軽い音がして、扉はあっさり開く。 「……部屋はどこだ。」 「たぶん奥の方だろ。」 囁き合いながら侵入者たちは暗い廊下へと踏み込んだ。 その瞬間―― 「いえ。そちらに向かわれる必要はございませんよ。」 声音は穏やかでありながら、 闇を切り裂くほど冷たかった。 「なっ……!」 いつからそこにいたのか。 廊下の中央、月光の差す場所に エプシアール家執事――シグマが立っていた。 「さて――お引き取り願えますか?」 その優雅な一言に、侵入者が舌打ちを漏らす。 「んな事言われて退くかよ。こっちは仕事だ。」 「……はぁ。左様でございますか。」 シグマは軽く首を傾け、 ため息とともに地を払うように一歩踏み出す。 「では……力ずくでお帰りいただくしかございませんね。」 ス、と構えたその姿は無駄のない刃。 軽率に近づけば触れた途端に切り裂かれそうな気配が走る。 侵入者の背筋が震えた。 (……この構え、隙がねぇ……っ) 「ちっ……やるぞ……!」 刹那。 廊下を裂く静寂が生まれた。 ◆ ◆ ◆ 数分後。 床に伸びる侵入者三名。 その上に影を落とし、シグマは冷え冷えと笑った。 「ふん。ルヴェーグ様を襲うならまだしも…… フィサ様の安眠を妨げるとは、愚かにも程がありますね。」 静かに足音が近づく。 屋敷の使用人がひとり、恭しく頭を下げて立った。 「良いところに来ました。 ――この者たちへの“おもてなし”を、よろしくお願いします。」 使用人は淡々と頷く。 「さて……フィサ様に気付かれていないと良いのですが。 様子を伺いに参りましょうか。では、後を頼みましたよ。」 シグマは滑るように廊下を去った。 ◆ ◆ ◆ シグマが静かに扉を押し開け、寝室に足を踏み入れた瞬間―― ルヴェーグの低い声が飛んできた。 「……シグマ。客人か?」 寝ているはずの男とは思えぬ即応。 シグマは驚きもせず、一礼した。 「おや。お気づきでしたか。」 声はフィサを起こさぬよう抑えられている。 「それで?」 ルヴェーグは腕の中で眠るフィサを抱き寄せたまま、短く問う。 その光景に、シグマの目が一瞬だけ細まる。 「ご安心ください。 丁重に“おもてなし”するよう手配しております。」 「そうか。」 ルヴェーグはフィサの髪を撫で、 額にそっと口づけた。 「……フィサ。お前は気付かなくていいからな……。」 小さなキスの音が静かな空気へ溶ける。 シグマは肩をわずかに揺らし、皮肉めいた声を漏らした。 「……お熱いことで。」 しかしその瞳はどこか満足げだった。 「では――ゆっくりおやすみください。」 完璧な礼をして、 シグマは静かにその場を離れていった。

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