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第8話

穏やかな朝。 薄い光がカーテン越しに流れ込み、静かな寝室の空気をほんの少し揺らす。 フィサは、その暖かな光の中でゆっくりと目を覚ました。 昨晩泣いた涙が頬に乾いていて――それが“夢じゃなかった”と告げていた。 喉の奥がきゅっと痛む。 また泣き出しそうになるのをこらえたとき、彼の手をそっと包む温もりがあった。 「泣くことはないよ。僕はもうすっかり元気だから。」 静かでやさしい声。 フィサは顔を上げる。 ルヴェーグの微笑みは、昨日の出来事を柔らかく溶かしてしまうようだった。 「レーベ……。はい……。良かったです……」 力の抜けた笑みを浮かべるフィサを見て、ルヴェーグは心のどこかが少しだけ締めつけられた。 こんなにも自分のために泣く人がいる。 こんなにも脆く、愛しい存在がいる。 どうすればこの子の心から不安を払えるだろうか。 考えても答えは出ない。だから代わりに、穏やかに問いかける。 「今日は……何かしたいことはあるかい?」 フィサは一瞬だけ迷い、それから小さく、でも真っ直ぐに言った。 「レーベと……一緒にいたいです。 今日は……どこにも行きたくない……」 その言葉にルヴェーグの胸は温かく満たされる。 「もちろん。なら、この部屋で食事を取ろう。」 そう言って軽く呼ぶと、シグマが静かに現れた。 「おはようございます。お呼びでしょうか。」 まるで昨夜の騒ぎなど無かったかのような落ち着きだ。 普通の朝のようでいて、まだ緊張の残る空気の中でも、彼だけは変わらない。 「今日の食事はここでとるよ。準備をお願いする。」 「承知いたしました。……フィサ様、何かご希望は?」 ルヴェーグが軽口を挟むが、シグマは淡々と流す。 フィサは少し恥ずかしそうに目を伏せ、 「レーベと同じもので……」と答えた。 「承知いたしました。」 短いやりとりのあと、シグマは礼をして去っていく。 扉が閉まると、柔らかな静けさが戻った。 ルヴェーグはフィサの肩に軽く手を置き、言葉を選ぶように微笑む。 なんてことのない朝。 けれど、こんな朝がどれほど貴重で、どれほど愛おしいか―― 二人は痛いほど知っていた。 今日もまた、彼らの時間はゆっくりと続いていくのだった。

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