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教育係はイケメン幼馴染
side 朝比奈 律
心臓がうるさい。
なんでこんなにドキドキしてるんだ。
久しぶりに見る冬馬は、確かに大人になっていた。
背は高くなって、顔つきも落ち着いて、スーツが似合ってる。
……だから何だ。
“随分綺麗になったな”
――は?
顔が熱くなるのを必死で抑えた。
リビングに案内して、ソファに座る。
冬馬は向かい側に座り、腕を軽く組んでこっちを見ている。
その視線が、妙に居心地悪い。
誠さんが口を開いた。
「それで、冬馬。話は聞いてるよな?」
「ああ、律の……教育係、だろ?」
教育係。
その単語に、思わず眉をひそめる。
父さんは今、海外で子会社を立ち上げるために出張中だ。
帰ってくるのは早くて半年後。
その間、俺の面倒を見る人が必要で、誠さんと冬馬が選ばれたらしい。
「……別に冬馬じゃなくても、誠さんでよくない?」
ついそう口にしてしまう。
「いや、俺は料理や掃除なら教えられるけど、教養や作法を学ぶにはやっぱりエリートの冬馬しかいないだろ」
誠さんはあっさり言った。
「……そう」
短く答える。
本当は、もっと色々言いたいことがある。
でも、口にしたら負けな気がする。
「律、嫌なのか?」
冬馬が、真っ直ぐこっちを見て聞いてくる。
「別に。どうでもいい」
視線を逸らして答える。
「そうか」
冬馬が少し笑った。
「……何がおかしいんだよ」
「まぁまぁ。律も冬馬も落ち着け」
誠さんが仲裁に入り、テーブルにコーヒーカップが三つ並ぶ。
「あのな、律」
冬馬が真剣な顔で言う。
「俺は、お前のことを“一人前の大人にしたい”って親父さんの気持ちを大事にしたい」
確かに、父さんは俺を心配していた。
“律、お前はまだ未熟だ。俺がいない間、しっかり勉強するんだぞ”
出発前、父さんが言っていた言葉が胸に蘇る。
「……勝手にすれば」
冷たく答えると、冬馬が少し困ったように笑った。
「今日から俺もここに住むし、ゆっくり時間かけて色々教えてやる」
――住む?
毎日顔を合わせる?
「……ふーん」
平静を装って答えたけど、心臓の音がうるさい。
「お前ら、仲良くしろよ」
誠さんがソファから立ち上がる。
「誠さん、もう行くの?」
「当たり前だろ、まだ色々とやることがあるんだ」
そう言って誠さんはリビングを出て行く。
二人きり――
静まり返った部屋で、時計の音だけが響く。
冬馬は黙ってコーヒーを飲んでいる。
俺も何も言わずに、カップを手に取る。
「……っ」
苦い。
砂糖、入れてなかった。
「律」
「……何」
「ほら、砂糖とミルク」
冬馬がトレー越しに渡してくれた。
「……いらない」
「コーヒー苦いんだろ? 一口飲んで顔しかめてたぞ」
――見てたのか。
「……別に」
そう言いながらも、砂糖とミルクを受け取る。
入れてもう一度飲むと、今度は美味しい。
「ふっ」
冬馬が小さく笑った。
「何がおかしいんだよ」
「いや……お前、素直じゃないな」
「は?」
「甘くなったコーヒー飲んで、ちょっと嬉しそうな顔してた」
「してない」
即座に否定する。
「してた」
「してない」
「まあいいけど」
冬馬が笑う。むかつく。
「お前さ、俺が世話役兼教育係ってのがそんなに嫌なのか?」
冬馬が少し真面目な顔になった。
「……別に」
「本当か?」
「嫌じゃない。ただ、どうでもいいだけ」
そっぽを向いて答える。
「ふーん」
冬馬が何か考えるように俺を見ている。
「……何だよ」
「いや、お前、昔と変わったなって」
「そりゃ、時間経ってるし」
「もっとこう……無邪気だった」
「子供だったから」
冷静に答える。
「そうだな」
冬馬が優しく笑った。
その笑顔に、一瞬ドキッとする。
――何だ、今の。
「まぁいい。せっかくだし、今から勉強するか」
「……今から?」
「ああ。早速始めよう」
勉強、という言葉に顔が渋くなる。
「そんな顔するな。お前が親父の事業を継ぐかは知らんが、ある程度の知識と教養はあったほうがいい」
冬馬が立ち上がる。
「……めんどくさい」
「そう言うな」
冬馬が俺の頭にポンと手を置く。
「っ……」
触られた場所が、妙に熱い。
「勉強は俺の部屋でやるから、案内しろ」
――部屋に向かう足取りも、心臓の音に合わせて速くなった。
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