14 / 16

甘い香りの誘惑

Ω特有の、柔らかくて甘い匂いが部屋に満ちていた。 ――フェロモンだ。 「……っ」 理性が一瞬揺らいだが、すぐに呼吸を整え、ベッドに目を向けた。 律が、丸まったまま小さく震えている。 「……律、大丈夫か?」 呼びかけながら手を握ると、指先まで熱がこもっていた。 「……冬馬……」 顔を上げた律の目は潤んでいて、頬は赤く染まっている。 息も浅く、額に触れた瞬間、ぞっとするほどの熱が伝わった。 「おい、熱……高すぎるぞ、これ」 「……平気」 「平気なわけあるか。顔、真っ赤だ」 そう言うと、律は焦ったように視線をそらした。 「律、これ……ヒート、来てるだろ」 その一言で、律の肩がビクッと揺れる。 否定しようとするその表情が、答えそのものだった。 「抑制剤は?」 「……ちゃんと飲んだ、けど」 「効いてねぇな」 甘く危険な香りが急に濃くなる。 喉が焼けるように熱く、体の奥が疼く。 ――俺のαの本能が暴れ出す。 「律、今日は休め」 「……勉強、あるから」 「いい。無理すんな」 強がる律の手を握り返す。 「律……ほら、横になれ」 軽く肩を支えると、律は素直に身体を預けてきた。 ベッドに寝かせて毛布をかけると、不安そうな目がこちらを追う。 「……冬馬」 「ん?」 「……ごめん」 小さくて、頼りない声。 「謝んなくていい。とにかく、寝てろ」 「……冬馬」 「どうした?」 「……辛い……」 その言葉が胸に突き刺さる。 抱きしめてやると、律が胸に顔を埋めて、すうっと俺の匂いを吸い込んだ。 「冬馬の、匂い……落ち着く」 その言葉に、理性が揺らぐ。 腕の中の律が、いつもよりずっと熱い。 「……律、水を取ってくる。少し、待てるか?」 律が弱く頷くのを見て、そっと身体を離す。 代わりにジャケットを脱いで、律の肩にかけた。 「これ、使え」 αの匂いがついた布で少しでも落ち着かせるためだ。 「すぐ戻る。……耐えろよ、律」 急いで部屋を出る。 扉の外で壁に手をつき、深く息を吐く。 ――だめだ、限界だ。 律の香りが、まだ残ってる。 喉の奥が熱いまま動けずにいると、背後から声がした。 「冬馬、どうしたんだ?」 振り返ると誠が立っていた。 「誠……律が……たぶんヒートだ。俺には、あのフェロモン……正直危険かもしれない」 誠は一瞬だけ目を細め、それから静かに言った。 「でも……今の律には、冬馬じゃないと駄目なんじゃないか?」 そう言われて、何も言えなかった。 ――俺じゃないと駄目。 だけど、俺がそばにいるのは危険。 どっちが正しいのか、わからなくなった。

ともだちにシェアしよう!