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【最終話】春のバラと共に

三年後。 俺は、父さんの会社で働いている。 Ωとして生まれた俺が、ここに立っていることを――昔の俺は、きっと想像できなかった。 冬馬は、相変わらず俺のそばにいる。 今は秘書ではなく、正式に俺のパートナーであり、つがいとして。 「律、今日の会議資料」 差し出された書類を受け取ると、冬馬がわざと一拍置いて言う。 「……ちゃんと目、通したか?」 「通したに決まってるだろ」 「へえ。じゃあ三ページ目の内容、言ってみ」 「……っ」 一瞬詰まった俺を見て、冬馬は笑う。 「冗談。顔に出すぎ」 「……意地悪」 「今さらだろ。可愛い反応するのが悪い」 むっとする俺の耳元に、わざと低い声が落ちる。 「Ωのくせに、強がるところが好きなんだよ」 「……言うな」 誠さんが咳払いする。 βの彼は、今では総務部で会社を支える存在だ。 「はいはい、職場。イチャつくのはほどほどにな」 「イチャついてない」 冬馬は涼しい顔のまま、俺の背に手を添える。 近くにいるだけで、微かに感じる冬馬のフェロモン。 この匂いは俺にとって“安心”そのものになった。 誠さんは俺たちを見て、肩をすくめる。 「お前ら相変わらずだな」 「……なにが」 「つがいの空気、隠す気ないだろ」 思わず顔を逸らす。 Ωの俺にはわからなくても、αやβには伝わるらしい。 「まあ、いいけどさ。幸せそうで何よりだ」 「……うん」 小さく頷く。 幸せだ。冬馬と一緒で。 * 仕事を終え、屋敷に戻る。 「律、今日も疲れたな」 「……まあまあ」 庭を散歩する。 バラが満開で、甘い香りが風に乗る。 Ωの感覚は匂いに敏感だ。けれど、この香りは嫌じゃない。 冬馬の匂いと混ざって、心がほどける。 「……綺麗」 「お前が守ったバラだ」 「……別に、守ってない」 そっぽを向く。 「でも、切らなかったのはお前だろ」 そういえば、ヒートで弱っていた俺を、冬馬は一度も“支配”しなかった。 選択は、いつも俺に委ねてくれた。 「律」 手を握られる。 αの手なのに、力は込めない。 「……なに」 「これからも、ずっと一緒にいような」 何度聞いても、胸に落ちる。 「……当たり前。冬馬がいなくなったら、困る」 冬馬が、優しく笑った。 「ありがとう」 そう言って、軽く口づけられる。 欲情じゃない、誓いのキス。 「ん……」 「律、愛してる」 「……俺も」 Ωとして生まれたこと。つがいになったこと。 逃げたくなった日々も、迷った未来も――今は全部、ここにつながっている。 「冬馬」 「ん?」 「……ありがとう」 「何が?」 「……俺と、一緒にいてくれて」 「当たり前だろ。お前がいないと、俺も困る」 胸が、じんと温かくなる。 「これからも、よろしくな」 「……こちらこそ」 バラの前で二人並んで立つ。 春の風が吹き、花びらが舞う。 「……綺麗だな」 「ああ。でも、律の方が綺麗だ」 「……っ、何言ってんの……」 照れながらも、否定しない。 愛されている。Ωとしてじゃなく、律として。 それが、何よりの幸せだ。 これからも、ずっと。 つがいとして。パートナーとして。 二人で、この景色を見続けていく。 ――それが、俺たちの選んだ未来。 End. *** 【あとがき】 完結いたしました。 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。 最後まで見届けてくださったことに、心から感謝を。 また別の物語でお会いできますように。

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