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第30話 ここが、俺の居場所

それから二年が経った。 大学三年生になった俺の生活は、大きく変わったようでいて、実はそんなに変わっていない。 ――毎日、冬馬が迎えに来て、送り届けてくれる。 ヒートが来れば迷わず駆けつけて、そばを離れない。 それがいつの間にか“当たり前”になっていた。 「律。レポート、進んでるか」 冬馬が横目で俺を見る。低い、落ち着いた声。 「……まあ、ぼちぼち」 そっけなく答えたつもりが、冬馬はふっと笑った。 「嘘だな。顔に出てる」 「……うるさい」 むくれる俺に、冬馬は椅子を引いて隣に座る。 「やるなら今だ。俺が見ててやる」 「……見られてると集中できない」 「できる。俺がいるほうが捗るだろ」 あまりに自信満々だから、反論する気も失せた。 「……ありがと」 ぼそっと言うと、冬馬は「礼はいらない」と柔らかく笑った。 そんな日々が、平凡だけどあたたかい。 「律」 名前を呼ばれて顔を上げると、真っ直ぐな視線が向けられていた。 「……なに」 「愛してる」 まただ。何度も聞いてるはずなのに、心臓が跳ねる。 「……言いすぎ」 「言いたいんだよ。飽きないから」 そんなふうに笑われたら、もう勝てない。 「……俺も」 小さく息を吐いて言う。 「愛してる」 言った瞬間、冬馬の目がかすかに細くなる。 「……律」 名前だけで、胸が熱くなる。 そっと唇が重なって、息を飲んだ。 「ん……」 いつだって優しいキスだった。 ――この人となら、大丈夫。 そう思えるようになったのは、いつからだろう。 * 大学卒業が近づいてきたある夜。 資料を片付けていると、ふいに冬馬が口を開いた。 「律。卒業したら……どうする」 その問いは、避けてきた話題。けれどもう逃げずに言える。 「……父さんの会社に入るよ」 静かに答えると、冬馬はゆっくり頷いた。 「決めたんだな」 「……うん。父さんを支えたい。いつか継げるように」 「そうか」 冬馬の声は優しくて、どこか安心したみたいだった。 「頑張れ。お前ならできる」 「……うん」 そこで少し迷って、勇気を出して聞く。 「冬馬も……一緒にいてくれるよな」 「当然だろ。どこに行く気だよ」 即答だった。その言い方があまりに自然で、胸が熱くなる。 「律が会社に入るなら、俺もその近くにいる。 親父さんの右腕でも、お前の補佐でもいい。役職はどうでもいい」 低く真剣な声が続く。 「お前を支えるのは、俺の仕事だ」 「……っ」 涙がこぼれそうになって、慌てて冬馬に抱きつく。 「律……?」 驚きながらも、すぐに強く抱き返してくる。 「冬馬……大好き」 普段絶対に言えない言葉が、自然と漏れた。 「……律。俺も、お前が好きでたまらない」 耳元で囁かれるたび、胸がじんと熱くなる。 「ずっと一緒にいような」 「……うん」 「離さない」 「知ってる」 冬馬の腕の中。 ここが、俺の居場所だ。 どんな未来が来ても――冬馬がいれば、大丈夫。 *** 次回、最終話。 選んだ未来の、その先へ。

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