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第29話 不確かな未来を、君の腕の中で ※R

「……本当に、いいんだな?」 「うん……冬馬なら、いい」 その答えに、冬馬の喉が小さく鳴った。 「……わかった」 低く落とされた声の直後――触れ方が、はっきりと変わった。 俺の身体を包む手つきが、いつも以上に慎重で優しい。 「……っ、ん……」 思わず漏れた声に、冬馬がわずかに笑う。 「律。気持ちいい?」 「知らない……」 「……ほんと、素直じゃないな」 そう言いながら、冬馬の指がゆっくりと俺の腰のラインをなぞる。 ただそれだけなのに、身体がびくりと跳ねた。 「こういうとこ、正直だよな」 ヒートの名残のせいか、触れられるたびに、熱がじわじわと広がっていく。 「……あ……っ」 呼吸も、声も、うまく抑えられない。 「可愛いな。律」 冬馬の手がさらに深いところまで触れてきて――痛みと、快感が入り混じる。 「……冬馬……っ」 「ん。ここにいる」 「……もっと……」 かすれる声に、冬馬の動きが一瞬止まる。 「律。……そんな顔で言うな」 「……冬馬が、いい……」 「俺もだよ」 低く、確かな声。 「律が好きだ。……本当に、大事で、愛してる」 そう言って――冬馬は、もっと深く俺を愛してくれた。 身体の奥まで、冬馬で満たされる。 「あ……っ、冬馬……」 声が、部屋に響く。 「律……」 冬馬も、俺の名前を呼ぶ。 お互いを求め合って、深く深く繋がっていく。 「冬馬……」 「ん?」 「……ずっと、一緒にいて」 「ああ。当たり前だ。お前を離すわけない」 その言葉に抱かれたまま、俺たちは朝まで愛し合った。 ヒートの熱も苦しさも、冬馬がいると不思議と和らぐ。 ただそれだけで幸せだった。 冬馬の胸にもたれ、俺はぼんやりと天井を眺めていた。 静かな時間。 眠気と安心感が、ゆっくり混ざり合っていく。 「律」 名前を呼ばれて、わずかに身体を動かす。 さっきまでの甘さとは違って何かを考えているときの、少し低い声。 「……なに?」 「律は将来、どうしたい?」 「……またその話?」 思わず冷たい声が出た。 冬馬はただ、俺を抱いた腕の力を少しだけ緩めて、答えを待ってくれている。 「……父さんの会社、継ぐんだろって。周りから、ずっと言われてる」 「……ああ」 「でも……自分がどうしたいのか、よくわかんない」 今まで、誰にも言えなかった。言えば、弱いって思われる気がして。 冬馬は何も言わず、ただ俺の手を握った。 「継ぐのが当然だって言われるのも苦しいし……でも、継がなかったら……」 言葉が詰まる。 「……期待を裏切るみたいで、怖い」 ずっと隠していたものが形になって、胸の奥が痛んだ。 冬馬が、静かに息を吸う。 「……律はさ。それ、俺には言いたくなかったのか?」 「……え?」 思わず顔を上げると、冬馬は俺をまっすぐ見ていた。 「そんな顔で毎日過ごしてたくせに。一人で抱えて、潰れそうになって」 少し怒ってるみたいな、でも怒ってない声。 胸がぎゅっと締めつけられる。 「……ごめん」 「謝るな。俺を頼れよ」 たったそれだけの言葉なのに、張りつめていたものが、一気に崩れ落ちた。 「っ……冬馬……」 視界が熱くなる。冬馬は息を吐いて、俺の額に触れた。 「律が決めればいい。“周りがどう言うか”じゃない。俺は、お前の人生に責任持つためにつがいになったんだ」 冬馬は俺の手を引いて、自分の胸に当てさせた。 「だから――継ぎたいなら支える。継がないなら守る。どっちだっていい」 「冬馬……」 「俺と一緒なら、どんな未来を選んでもいい。怖いなら一緒に考えよう」 冬馬が俺の頬を撫でて微笑む。 ……もう無理だ。 涙がこぼれそうになって、慌てて顔をそむける。 「……冬馬となら、平気……」 「律」 優しく抱きしめられた。 「お前の未来に、俺も入れてくれ」 耳もとで落ちてくるその声が、継ぐ話でも甘い話でもない、“本物の約束”に聞こえて――胸が震えた。

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