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聖女の帰還 (1巻 異世界召喚された聖女の俺)
石造りの神殿は、年に一度のその日を前に磨き上げられ沢山の花々で美しく飾られていた。
儀式を行う広場では、今日来るであろう新たな聖女を迎え入れるための準備が整っている。
一年間の役目を終えて元の世界に帰る聖女の俺は、集まってくれた皆に別れの言葉を告げていた。
「それでは皆様、お元気で……」
俺は世話になった皆に心からの感謝を伝えて、神秘的な紫色の光を放っているゲートに足を向ける。
「ケイト様!」
呼び止める声に、俺は思わず振り返った。
駆け寄ってきたのは16歳のまだ若い騎士だ。
俺の小さな手を取った騎士は、俺の細い指先に優しく唇を寄せて囁いた。
「またお会いできる日が来ることを、心から願っています……」
風に揺れる青い髪の向こうから濃い青の瞳が、俺を大切そうにじっと見つめている。
この一年間、彼はずっと俺の側にいてくれた。
聖女としてこの世界に召喚された俺が、慣れない場所で聖女としての仕事を覚える間も。
やっと使い方に慣れてきた聖なる力で、各地の結界柱を巡礼し清めてまわる間も。
そして、こうして俺が元の世界に帰ろうとしている今日も。
俺は最後まで言えなかった。
このふわふわのピンク髪にラズベリー色の瞳の可憐な聖女の中身が、実は男子高を卒業したばかりの、可愛くもなんともない、むしろ体格の良い男だということを……。
俺は高校では三年間演劇部に所属し、大学も演劇に強い学校に受かったところで、部活の引退後も毎日走り込みと腹筋背筋腕立てを欠かさない。そんな体格も声も口もでかい男だ。
だが、この異世界に『聖女』として召喚された俺は、まさに聖女と呼ばれるにふさわしい儚く可憐な少女へと姿を変えていた。
となれば当然、中の者としてそれらしい仕草が要求されるだろう。と、俺は役者魂を燃やしてこの一年間、淑やかで可憐な聖女を演じてきたわけだ。
ここでの暮らしが半年ほど過ぎた頃に、この世界へ『聖女召喚』された者は皆、男だろうと女だろうと心の美しさを反映した聖女らしい姿へ変わるのだと知った。
なので別に今まで通りに大口を開けてガハハと笑っても、一人称を俺と言ってもよかったらしい。
しかしそれを聞かされた時には既に、俺は半年もの間聖女の役を演じてしまっていたので、今更「これは演技でした。今日から素で過ごしますね」とも言い出しきれず、今日に至る。
そして、今も目の前で俺を健気に見つめ続けている青髪青眼の少年騎士ディアリンドは、そんな俺に恋をしてまっていた。
もうここへは来ません。と、ハッキリ言ってやる方がいいんだろう。
その方が、彼の心の傷は浅く済む。
彼は俺に言った。
初恋だと。
生まれて初めて、こんな気持ちになったと。
俺の手を握ったまま返事を待つ騎士に、俺は何とか口を開いた。
「私……」
言え、言うんだ俺!
もう二度と会わないと、だから自分の事はもう忘れてくれと!
「私は……」
彼は俺より二つ年下だったが、本当に真面目で一途な少年で、その努力からなる知識や剣の腕は既に一人前に近かった。
そんな彼に何度も助けられて、俺にも少なからず情が湧いていた。
いや、違うな。
俺も……恋をしてしまったんだ。
この青くまっすぐな少年に、初めての恋を。
だから言えなかった。
ずっと。
……自分が本当は、男だと。
本当は俺だって帰りたくない。この少年の側にまだ居たい。
でもこれ以上この少年を騙し続けるのが苦しくて、なのに本当のことを告げる勇気も出ないままで……。
「私も……」
ダメだ、涙がにじんできた。
俺は耐え切れなくなって、逃げるようにゲートへ飛び込んだ。
「ケイト様!」
俺の背に、少年の悲しげな声が遠く聞こえた。
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