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がいだんす、とは……?
ゲートになる姿見を慎重に壁際に避けて、鞄やゴミ箱も避けて、リンはオレのベッドの横に寝袋を広げる。
ああ、咲希ちゃん達にも連絡しとかないと、きっと心配してるよね。
スマホを開くと、咲希ちゃん達から楽しそうな夕食の様子の写真が届いていた。玲菜のパパさんとも連絡がついたらしく、早速明日の朝にパパさんが咲希ちゃんの家まで車で迎えにきてくれることになったらしい。
よかった……、本当に……。
もう遅い時間だし2人は寝てしまってるかも知れないけど……。
俺が簡単に『こっちも何とかなったよ』とメッセージを送ると、すぐに「わーい」と「ばんざーい」というおめでたそうなスタンプが届いた。
あ。友達申請が来てる。これは玲菜だね。
咲希ちゃんの家でスマホが充電できたんだろうな。
咲希ちゃんの持ってきていたモバイルバッテリーでは、対応するケーブルが無いって言ってたからね。
こちらからも友達登録をさせてもらって「玲菜です。こっちでもよろしく」というメッセージに「よろしく」とスタンプを返す。
はぁ。今日はなんだか色々ありすぎて、疲れた……。
馴染んだベッドに仰向けになると、リンが気遣わしげに俺を見ていることに気付く。
俺が玲菜の親と連絡がついたことを伝えると、リンも「何よりですね」と微笑んだ。
リンには、これからこの世界の常識やルールを一から説明しないといけないんだよな……。
「ケイト様、こちらでのケイト様のご予定をお聞きしてもよろしいでしょうか」
ああ、リンにはまずはその『様』っていうのをやめてもらわないとな。
一般家庭で暮らす高校……いや、大学生男子にはとても不釣り合いな敬称だ。
俺は、部屋の壁にかかったカレンダーを指差しながら説明する。
「今日はこっちの世界では4月の2日で、今の季節は春なんだ。俺は明々後日の5日にガイダンスがあって、その2日後に入学式だね。蒼は6日から始業式だったはずだよ」
「がいだんす、とは……?」
「入学のための説明会ってとこかな、リンのとこにも学校はあったよね」
「はい、私のところでは……」
2人であれこれ話しているうちに、あっという間に0時を過ぎてしまった。
「まだリンの気になることはいっぱいあると思うけど、続きは明日にしようか」
あくびをかみ殺す俺の言葉に、リンは「はい」と頷く。
俺は枕元の充電ケーブルにスマホを繋いで、布団に潜り込む。
「電気消すね」と枕元のリモコンで明かりを落とすと、リンが何やら感心した。
うん、これね、魔法じゃないけど魔法みたいなことができるよね。
なんとなく、クローゼットの向こうを見てしまう。
なんの音も振動も伝わってこないけれど、隣の部屋では今頃蒼とセリクが……。
いやいや、考えるのはやめよう。
俺だってそんなの、想像してほしくないし。
あの2人は風呂も早かったから、もう寝てるかも知れないし。
「ケイト様……?」
「ああ、リンのその『ケイト様』っていうのも、ここでは変えてもらえるかな」
ぼんやりと暗い部屋の中でも、リンが驚いたように青みがかった黒い瞳を丸くしたのが分かった。
「俺はここではただの学生で、一般人……いわゆる平民だからね。外で様付けで呼ばれるのは流石に分不相応で恥ずかしいよ……」
「そう……なのですね……」
「うん、だからロイスに話す時みたいに、普通に話してくれると嬉しいよ」
「ケイト様……、いえ、ケイト……」
うっ、初めての呼び捨てに、なんだかギュンとしてしまう。
「……っ……様」
いや、呼び捨てにはされていなかった。
「……ケイト様を呼び捨てなど、私には……」
「いやいや、こっちではリンだって俺の恋人だって事以外に、何の立場も無いんだから……」
自分で言っておいて、なんだか恥ずかしくなる。
俺の恋人って、立場なんだっけ?
まあ、立場……ポジションの一つではあるよね……?
間違ったことは、言ってない、はず……。
それに……。
「俺は、リンが俺のこと呼び捨ててくれると、すごく嬉しいんだけど……」
ダメかな? と小さな声で続けると、リンがごくりと喉を鳴らした。
けれど、リンが何かを口にする様子はない。
うーん。
どうやらリンにとってこれは、かなり難しい要求だったようだ。
「じゃあゆっくりでいいから、そのうちね。今日のところはもう寝よう」
声をかけて目を閉じようとしたところで、寝袋に入っているリンが顔を真っ赤にして俯いていることに気づいた。
しばらく様子を見ていると、リンは何度か口を開いては閉じ、を繰り返している。
それからしばらく逡巡した後に、リンはぎゅっと目を閉じて、気力を振り絞るようにして、口を開いた。
「……っ、ケ……、ケイト…………っっ」
様、と続けないように、全力でその先を堪えている様子のリンに、俺は内心の苦笑を悟られないよう慎重に答える。
「ありがとう、とっても嬉しいよ」
途端、リンがパッと目を開いて、俺を見上げて幸せそうに微笑んだ。
俺の要求に応えられたのが、たまらなく嬉しい。
そんなリンの気持ちが伝わると、俺まで胸が熱くなってしまう。
「俺のためにたくさん頑張ってくれて、ありがとう。こっちに来てくれたことも、本当に嬉しいよ。……これからもリンと一緒に過ごせる事が、本当に、嬉しい……っ」
幸せが胸から溢れすぎて、涙になって零れてしまう。
リンが慌てて跳ね起きて、俺の涙を長い指の腹で拭ってくれる。
「ふふ、嬉し涙だから、心配しないで」
俺が笑ってみせると、リンもホッとしたように微笑んだ。
「私も……ケイトさ…………っ、ケイト、に、受け入れてもらえて、本当に嬉しいです」
幸せそうに、リンが笑っている。
フロウリアじゃなくて、俺の、部屋で……。
たまらなくなって腕を伸ばして、リンの頭を引き寄せると、リンは優しく唇を重ねてくれた。
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