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不自然な自然現象

 風呂から出た俺がリビングに顔を出したとき、既に蒼はセリクの分の食事を持って部屋に上がった後だった。  リンと父はリビングのさっきと同じ場所にいたけれど、食卓には既に料理が並んでいたので俺は食卓の方に腰を掛ける。 「圭斗も今日は疲れたでしょ。いつまでもお父さんに付き合わなくていいから、適当なところで切り上げなさいね」  母がそう言って俺の前にお茶を出してくれる。 「うーん、そうしたいのは山々なんだけど……」  俺の言葉に母はケラケラ笑って「じゃあ夕飯の後でお母さんがお開きにしてあげるわね」と頼もしい事を言ってくれた。 「ふむふむ。フロウリア暦で0が重なる年には魔物が増えるということかね」 「はい。昔からそう言われています」  食事を始めてからも父の質問は止まらなかった。  PCにメモするのは流石に諦めていたものの、食事は具材を見ているのかどうか分からない感じで口に運んでいる。 「お父さん、そんなに質問ばっかりじゃディアリンド君が食べられないでしょ」  そう母が注意しているものの、リンも勤務の間での早食いが身についているからか、父の質問の合間合間に食べ進めていて食事に支障がなさそうなところが凄い。 「ふむ……『増えた』とするのはどんな根拠からだね?」 「例年よりも討伐数が増えるので、討伐数の統計から増えたとしています」 「だが君の世界での魔物というものは国の周囲に漂う瘴気から自然発生する、いわば自然現象のようなものなのだろう? それが気候だとか星のめぐりではなく、年号に合わせてぴったり増減するのはおかしくないだろうか?」 「それは……」 「いやぁ、これはぜひともこの目で魔物や瘴気というものを見てみたいものだね! 瘴気とやらの発生のメカニズムはどうなっているのか、実に興味を惹かれる!!」  父の言葉に、俺は箸で持ち上げていた唐揚げを皿に取り落とした。 「と、父さん……、まさかフロウリアの話ってどこかに発表するつもりなの?」 「そりゃまあいずれはしたいけどね。すぐには難しいだろうな」  本気かこの人!!! 「うちの子達と異世界の人々に危害が及ばないように、誰もが認めざるを得ないだけの証拠を集めて、順を追って、ゆっくりと時間をかけて広めていかないとな」  え。あ……。そうなんだ……? 「私だって人並みに我が子達は可愛いと思っているし、その生活を守りたいと思っているよ」  父の視線が俺に向けられる。  その眼差しは確かに優しげな父親のようだった。  そうなんだろうか。  うん……。そうだといいな……。  俺の隣でリンもホッと肩の力を抜く気配がする。  そんな俺達の前で、父はニヤリと笑った。 「話を戻そう。おそらく『魔物が増える』というのは現象としては正しいが、原因を考慮していない言葉だな」  父は丸い眼鏡の向こうで子どものように無邪気に瞳を輝かせる。 「年号は人が作ったものだ。そして結界柱もまた人の作った物だろう? それなら年号に0が並ぶ時に魔物が増加するのは、その結界が何らかの理由で0の並ぶ年に効力が弱まるためと考えるのが自然だろうな」 「……っ」  リンが息を詰める気配に、俺は隣を見上げた。 「……もしくは、自然発生していると思われている瘴気こそが、人為的なものである。という説もアリだ」 「瘴気……が……?」  リンは愕然と、その言葉を繰り返した。 「ええと……父さんの説はあくまでリンの話を聞いた上での父さんの仮説だからね。そんなに間に受けなくていいんだよ……?」  あまりにリンが衝撃を受けている様子で、俺は見ていられなくなってリンの腕を慰めるように撫でた。 「圭斗は酷いなぁ。まるで私がデタラメを言っているみたいじゃないか」  途端に父さんが拗ねてしまう。この人はいちいち困った人だな。 「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。リンはここまでずっと、毎年聖女を守って、巡礼で魔物と戦ってきたんだ。だから……」  リンは、腕を撫でていた俺の手を反対の手で包んで、優しく握った。 「ありがとう、ケイト。私なら大丈夫だ。ただ自分が……いかに浅い考えで生きていたのかと、気づいただけだ」 「リン……」 「圭斗が聖女だった年は4799年から4800年だったね? 0が2つ並んでいたわけだが、やはり魔物は多かったのかい?」 「はい。私はその年が聖女の護衛騎士団に入って最初の年でしたが、その後の数年を思うとやはり、あの年は厳しい年でした……」  リンの拳が、リンの膝の上で強く握り込まれたのが俺には見えた。  あの頃、まだリンはほんの15歳だった。  少年の面影を残したリンが、初めて見る魔物の群れに震えていたのを、俺は今もハッキリ覚えている。  結界柱を1本浄化するごとに、何人もの騎士達が血を流した。  俺はそれを浄化と覚えたばかりの拙い治癒で癒しながら、何とか必死で巡礼を続けて……。  そしてあの日、シルヴィンが俺を庇って腕を失った。  俺は彼の腕を戻すことができなかった。  泣き崩れた俺を支えてくれたエミーも、まだあの頃は20歳を迎えたばかりだったな……。  皆が心に傷を負って、それでも何とか全ての結界柱を浄化して……。  戻った俺は帰るその日まで、必死で聖球を作った。  もう二度と、騎士の皆からシルヴィンのような人を出さないように。  来年の聖女が少しでも辛い思いをしなくて済むように。  寝る間も惜しんで聖球を作っていたんだっけ……。  沈む俺の目の前で、母がパチンと手を合わせた。 「ごちそうさま」  その声に、俺はいつの間にか俯いていた顔を上げる。 「ほらほら、2人とも食べ終わったんだったら食器を下げてちょうだい。お父さんはいつまでかかってるの? 結局喋ってばっかりでご飯が進んでないじゃない」 「おや、本当だ」と父は今気づいたという顔をする。  おそらくあれは演技でもなんでもなく、途中から食事中だというのを忘れていたんだろうな。 「ごちそうさま」 「ごちそうさまでした。美味しい食事でした」  俺が席を立つと、続いてリンも立ち上がる。 「2人とも今日は疲れたでしょう? もう部屋に戻ってゆっくりしてちょうだいね」 「えっ、待ってくれ! まだまだ彼には聞きたいことが山ほどあるんだぞ!?」 「お父さんもいい加減にしてちょうだい。16時からずっと捕まってるって蒼から聞いたわよ? もう20時過ぎてるんだから今日はここまで。続きは明日ね」 「そんなぁっ、もうあと20問だけっっ!」  父の言葉に、母が「多過ぎでしょ」と突っ込むのを聞きながら俺達は「2人とも、おやすみ」「おやすみなさいませ。お先に失礼いたします」と両親に声をかけてリビングを後にした。  洗面所に向かいつつ、リンに声をかける。 「リンは今のうちにお風呂に入ってきたら? 今ならまだ母さんが父さんをおさえてくれてると思うし。後からお風呂で鉢合わせたら、また捕まりそうだからね」  リンは小さく笑ってから「では汗を流したら、すぐケイトの部屋に戻る」と言った。 「途中でバッタリ父さんに会っても、また明日って断ってくるんだよ。断れなかったら母さんに助けを求めてもいいからね」  俺がつい心配から言葉を重ねてしまうと、リンはそんなオレを見下ろしてなぜか妖艶に微笑む。 「問題ない。必ずすぐ戻る。昨日約束しただろう……?」  約束……?

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