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茶番と雫
「やあ3年ぶりだね蒼! ……って、なんだ。蒼だけなのかい?」
「てめーに見せるセリクはねーよ。つかさっきも顔見ただろ、何言ってんだ」
蒼はジロリと奥に座る父を睨むと、三人掛けのソファーのこちらに近い側に腰を下ろす。
「父親に対して随分な物言いじゃないか」
「父親らしい対応をしてほしいんなら、先にそっちがもうちょっと父親らしくしてみるんだな」
「一理ある。それに関しては私も今反省したところだ。よって、今から親子の感動の再開を仕切り直そうと思う!!」
「……マジかよ」
蒼が引き攣った顔になる。多分、父が両腕を広げたせいだろう。
「さあ、圭斗も蒼も父さんの胸に飛び込んできなさい!」
「それは遠慮しとくよ……」
俺が即座に断ると、父は蒼の方へと向き直る。
「高い高いをしてやってもいいぞ!?」
「はぁ? 父さんの腕じゃ兄ちゃんは持ち上がんねーだろ。オレでも精一杯なんじゃねーの?」
「何を言う、私はこれでもフィールドワークで鍛えているんだ。まだまだ蒼くらい持ち上がるぞ!?」
俺が持ち上がらないのは否定しないんだね。
「へぇ~? じゃあ持ち上げてみろよ」
挑発的な笑いを浮かべて、蒼が父さんににじり寄る。
「ふぬぐぅっ!?」
蒼の両脇をなんとか持ち上げた父さんがたたらを踏んだ。
「いや、父さん無理しないで、蒼もあんまり挑発しないで……」
俺は、隣で丸い目をしているリンに「リンごめん、フォローしてあげて」と頼む。
リンが素早く立ち上がったのと、父さんが蒼を高く持ち上げようとしてズルっと足を滑らせたのはほぼ同時だった。
危うく、蒼を掲げた父さんがリビングのローテーブルに背を叩きつけるところだったが、そこはリンがギリギリで抱え上げて事なきを得た。
リンの腕に軽々と横抱きされている父の腕から、蒼がストンと着地する。
「ディア悪ぃ。助かった」
蒼もちょっと調子に乗った自覚があるのか、少し居心地が悪そうにしているので小言は言わないでおこうか。
それよりも問題は父さんだ。
「ほわぁぁ、すごいなこの安定感。この筋肉。君は異世界ではどんな仕事をしていたんだね? 肉体労働者ではあるだろうが君は所作がものすごく洗練されているしもしかして……」
父さんはリンがソファに下ろそうとしているにもかかわらず、リンの身体を撫でまくっていた。
リンを隅々まで確認しようとする手の動きに、ドッと嫌な気分が湧き上がる。
「父さん! リンから手を離して!!」
思わず大きくなってしまった俺の声に、父さんだけでなくリンと蒼までもがビクッと身を竦める。
「リン、こっちに」
俺の言葉に、リンは父を離すと素早く俺の隣に戻ってきた。
くっ。こんなところで蒼と同じ気持ちにさせられるとは……。
俺はなんだか悔しく思いつつも、戻ってきたリンの全身に浄化をかける。
「ケイト……」
自分はそこまで独占欲の強い方ではなかったつもりだったけど……。
……本当に、嫌なものなんだな。
恋人が他の人に触られるってのは。
……たとえそれが家族でも。
俺はじわりとリンを自分の背に隠すようにして立った。
蒼が、俺と父を見比べてから俺に小声で言う。
「あのさ兄ちゃん、そこ兄ちゃんが反省するとこじゃねーからな? 多分さ、父さんのあの熱量がキモイんだよ。この存在の全てが知りたいって感じのさ。オレぜってー父さんにセリク見せたくねーもん」
蒼に言われて、俺はもう一度父さんを見る。
父さんは目をランランと光らせて俺の後ろ……多分リンを見ている。
うん……。
それは……蒼の言う通りかもしれない。
まずは、火が付いてしまっている父さんの知的好奇心を、早急な質疑応答で落ち着かせなくては。
「父さん……、とにかく俺達が父さんの質問に答えるから、父さんは俺達の許可なくリンとセリクに触れないって約束してくれる?」
「よし分かった!」と返事をした父は、早速自分の荷物からノートパソコンを出してきて広げる。
リンは父が俺達の横を通るたびに警戒していた。
***
「ただいまー」と母の声がして俺は時計を見上げる。
もう19時か。
ということは、俺達は父の質問に既に3時間ほど答え続けているのか……。
「ふむふむ、つまりは王政も健在ではあるが議会制の萌芽もあり、政治の主導はほぼ宰相にあるわけか。君が知る限りでは、聖職者、貴族、都市代表の身分制議会も成立しているようだし、この先王政がどうなるかがとても楽しみだね。では次に現在の国王について……」
父さんの質問は今、国の制度やら政治の話になっていて、主にリンが答えていた。
父さんは聞き取った内容をカタカタとパソコンに入力し続けている。
その情報を、父さんはどうするつもりなんだろう……。
そこだけは後でしっかり確認しないと……。
「俺、部屋に荷物戻して、先にお風呂もらってくるね」
父を除いた皆の返事をもらって、俺はリビングを出る。
父に悪気がない事は分かっているので、そこは気にしない。
おそらく、俺の言葉は父の耳に届いていないだけだ。
扉を閉める間際、チラと振り返ったリビングではリンが父に咎めるような視線を向けていた。
俺は思わず小さく笑って「気にしないで」とリンに伝えた。
ダイニングでは蒼がリン達の話を聞きつつ夕食の手伝いをし始めていたけど、セリクの夕飯はどうするのかな。
蒼のことだから本気で父さんの前にはセリクを出さないつもりなんだろうし……。
部屋で2人で食べるんだろうか。
俺は湯船に浸かって今日のガイダンスを振り返る。
まずは時間割を早めに組んでしまわないとなぁ……。
あとが楽なように1年目になるべく詰めてしまいたい気持ちはあるんだけど、フロウリアの事を考えるとギチギチに詰めてしまうのも危険なんだよなぁ……。
夕食後は少し部屋でタブレット端末が開けるといいんだけど、父さんはまだまだ解放してくれそうにないよなぁ。
俺は憂鬱なため息をお湯の中にぶくぶくと吐き出す。
……でもリンならきっと、父さんの対応を引き受けてくれて、俺は俺のやるべきことをするようにって言ってくれるんだろうな……。
ふ。と笑ってしまった自分に気づいて、俺の胸をいつでも温めてくれるリンの存在に幸せを噛み締める。
大切な人が、リンが俺のそばにいてくれる日々。
俺にはこれ以上、何も望むものなんてない。
ない……はずなのにな。
ぽたり。と水面に降った雫から音もなく波紋が広がる。
これ以上の幸せを求めてるわけじゃないんだ。……けど。
ただ、不幸な人を増やしたくない。
助けられるかもしれない人を、見ないフリが、どうしてもできない……。
……ごめん……。
……本当に……ごめんね、リン……。
リンは俺のために全てを捨ててきてくれたのに。
俺はどうしても、捨てきれなくて……。
これは俺の我儘だから。
リンは俺を許さなくてもいいんだよ……。
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