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俺を守ってくれる人
俺がリンと二人で帰宅して、「ただいまー」と玄関を開けると、目の前に父さんがいた。
わざわざダイニングから運んできたのか、玄関の正面にはいつも食卓で使っている椅子が置かれ、そこに父がドンと座って待ち構えていた。
これは……蒼からは何も説明してないって事かな。
「おお、おかえりおかえり! 待っていたよ!!」
そう言って満面の笑みで両手を広げて近寄ってくる父さんの目は俺をまるで見ていない。
俺は思わず、リンを自分の背中で隠した。
「ケイト……?」
「ま、待って待って父さん。まずはえっと、深呼吸して……?」
「何を言う。私は至って冷静だ」
いやいや、眼がギラギラで血走ってて怖いし、鼻息も荒いからさ……。
「君がもう一人の異世界人だね? 大丈夫怖がることはないよ何もしないからねぇ?」
立ち止まる様子のない父の様子に俺が思わず半歩後退ると、すかさずリンが俺を抱えて玄関の外へと飛び退った。
「抜剣許可を」
リンの問いに「それはダメ」と返す。
よ、よかった。リンが行動する前に聞いてくれて。
蒼のおかげだよ……。
リンは、それならとさらに距離を取る形で対応してくれたけど、リンに庇われる形の俺はもうあと一歩で公道だ。
話をするなら家の中でしたいんだけど……。
「リン、あれでも父さんに害意はないから、穏便に……」
閉じかけた玄関の扉が中から勢いよく開いて、サンダルをひっかけた父が飛び出してくる。
次の瞬間、父はリンに腕を掴まれて後ろ手に固定されていた。
「いででででででっっ」
あー……。止める間もなかったなぁ。
こうなったら仕方ないか……。
「穏便に確保した」
リンの報告に俺は「もうちょっと緩めてあげて」と答える。
穏便かどうかは微妙な気もするけど、まあ吊し上げられたり地面に叩きつけられなかっただけ穏便なんだろうな。
「じゃあ、中に入ろうか」
俺が玄関の扉を開くと、リンは「ありがとう」と小さく微笑んで中に入る。
いつもは俺がエスコートされる側だけど、たまにはこういうのもいいな。
……父さんの抗議の声さえなければ、だけど。
俺は家のカギを閉めると、リビングへの扉を開く。
「父さんにはそこのソファに座ってもらって。お茶入れてくるよ、リンは何が飲みたい?」
「ケイトと同じものを」
「じゃあ麦茶にするね」
リンは父を隅のソファに誘導して座らせるも、腕は後ろに掴んだままだ。
おそらく俺が許可を出すまではあのままだろう。
「父さんも麦茶でいい?」
「あー……っと、麦茶でかまわんが、私の腕はまだ離してもらえないのか?」
俺は手を洗うかわりに両手に浄化をかけて、冷蔵庫を開けた。
「それは! 浄化か!」
途端、父さんのテンションが急上昇した。
思わず立ち上がりかけた父さんが、リンに押さえられた腕の重みでもう一度席に戻る。
「よく知ってるね、蒼が見せたの?」
「ああ、私がセリク君の手を握ったら、すぐに彼の手を浄化していたよ」
「……父さん、何してんの……」
多分さっきの勢いでセリクに迫ったんだろうなぁ。
「蒼とセリクは?」
「それが部屋に篭ったきり出てこないんだ。酷いと思わないか? 我が家に戻った早々息子が引きこもってしまうなんて」
「それは、父さんの態度に問題があるんじゃないかな……」
「扉の外から延々話しかけていたんだが全く反応がない。まるで天岩戸だ。そうか! あそこで宴会を開けばいいのか!!」
「そうじゃないと思うけど……」
俺は父さんの前に麦茶を置く。
3人掛けのソファは蒼達に開けておくことにして、俺は少し離れた向かいのソファに腰かけた。
そこでようやく、父さんが俺を見た。
「うん? 圭斗か? 大きくなったなぁ。一瞬誰かと思ったぞ」
「あはは、俺じゃなかったら父さん誰と話してるつもりだったんだよ……」
「いや声で圭斗だと思ってはいたんだがな。なんだ、身体でも鍛えているのか?」
「高校の間、三年間演劇部だったんだ」
「ああ、そういえばそうだったか? それで、私の後ろの彼は異世界からきたというのは本当かい?」
父の言葉に、なんだかひんやりしてしまった胸を、俺は自分の手で押さえた。
家にほとんど帰ってこない父にとって、俺達兄弟が学校で何をしているのかなんて、あまり興味が無いんだろうな。
「うん……」
「彼はどこからどんな風にこちらに来たんだい? 異世界というのはどんな場所で、こちらと何がどう違うんだ? 彼自身にも身体的に我々とは違う特徴があるんだろうか? 言語は通じているようだがこれは一体……」
延々と質問を続けてしまいそうな父の言葉を遮ったのはリンだった。
「貴方は、ケイトの父なのでしょう」
父さんは首だけでなんとか後ろを振り返ろうとする。
「リン、離していいよ」
俺の言葉にリンは父の手を離して、父の隣に立った。
「3年も顔を合わせなかった我が子に対して、他に言う事はないのですか?」
リンの言葉に、胸の奥が痛む。
リンの目から見ても『そう』見えてしまったという事実が、ただじんわりと痛かった。
きっとリンのお父さんなら、リンを思いやる言葉が先に出たんだろうな……。
「いいよリン。ありがとう。こっちに来てくれる?」
俺の言葉にリンは一瞬の迷いを残してから、俺の隣のスツールに座った。
「ケイト……」
リンの大きな手が、俺を気遣うように背中を擦る。
ありがとう、大丈夫だよ。
俺ももう、そんなことでいちいち泣き出すような子どもじゃないんだから。
俺は、父さんが黙った今のうちにとスマホを出して蒼にメッセージを送る。
おそらくさっきの話からすると、蒼は部屋に遮音魔法をかけているだろうから。
スマホを閉じて机の端に置く。
この先写真を見せる必要もあるだろうからね。
隣に座るリンを見ると、リンは父を時折警戒しながらも俺を心配そうに見つめていた。
俺は大丈夫だよ、と気持ちを込めて小さく微笑む。
リンは少しだけホッとしたような、それでもどこか苦しそうな顔で、俺に目を細めて返してくれる。
そっか。リンは今、俺のために腹を立ててくれてるのか。
俺の扱いが不当であると、リンは俺の父に憤ってくれている……。
リンの少し顰められた眉が、俺の気持ちを慮って寄せられているんだと思うと、なんだか急に嬉しくなってしまう。
リンは本当に、俺をどんなときでも助けてくれるね……。
心も体もリンに守ってもらえて、俺はなんて幸せ者なんだろう。
「リン、いつもありがとう……」
心を込めた感謝の言葉はリンにまっすぐ届いたのか、リンは小さく息を詰めると、ぎゅっと力の込められた目元で、その綺麗な頬を少しだけ赤く染めた。
突然、父が勢い良く立ち上がる。
「よしわかった。私の態度が良くなかったな。第一印象が悪かったという事だ。ここは一旦やりなおそう!」
父の気合の篭った声に俺が顔を上げたところへ、後ろでリビングのドアが開いた。
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