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見てろよ、セリク

「あっ。おかえりアオイ、どうだった?」  オレが部屋に戻ると、なぜかセリクが小さく肩を揺らした。  ん……? 何だ今の反応……?  そういや今日は父さんが玄関前にいなかったな。  ……まさか……。  机に近づくと、四つに折られた形跡の残る紙の束と、それが入っていたと思われる封筒があった。 「お前……」  振り返ると、オレの視線にセリクがびくりを身をすくめる。  その態度……、オレが怒ると分かっててやってたって事だよな……? 「これは何だ」  思ったよりもずっと低い声になってしまったオレの言葉に、セリクが「ごめんなさい!」と反射的に頭を下げた。  どうやら、父さんが魔術陣についての質問事項をまとめた手紙をセリクに渡していたようで、セリクはそこにせっせと回答を書いていたようだ。  別に回答すんのはいーんだよ。  セリクの技術を父さんに伝えるなと言う気はない。  問題はこの手紙がどこでどんな風に受け渡されたかって事で……。  と思った次の瞬間、一階から軽やかな足音が近づいてきた。  今にもスキップし出しそうなくらいの軽い足どりは、オレの部屋の前で止まると「セリクくーん、次はこれにも回答頼むよぉ?」という浮かれた声と共に部屋のドアの下の隙間から手紙を差し入れてきた。  ……なるほどな。  んで、セリクもそこの隙間から返事を返してたって事か。  オレはセリクをじとりと見る。  セリクは怯えを必死で隠すようにして「ごめん……勝手な事、して……」と謝った。  ……んだよ。  オレを……怖がるんじゃねーよ……。  オレは俯いたセリクの頭をそっと撫でながら確認する。 「父さんとは顔を合わせたり、話したりはしてないんだな?」 「うん……。向こうからは話しかけられるけど、こっちの声は届かないし、手紙を介しての筆談だけ……」  それを聞いて、正直ホッとした。 「そんならいい。オレはお前が嫌な目に遭わないかを心配してるだけで、別にお前の知識を父さんにやるなとか思ってんじゃねーからな」  オレは縮こまるセリクを脅かさないように、なるべく優しく抱き寄せると、緊張に硬くなった背中を温めるようにゆっくり撫でる。  オレの腕の中で、セリクが少しずつ体の力を抜いていくのがわかる。 「うん……、あの……、ごめんね……」 「だからいーって。お前は謝るような事はしてねーよ」 「……うん……」  こいつは、いつになったらオレに怯えねーようになるんだろうな……。  それとも……セリクが人を怖がらなくなる日は、一生こねぇのかな……。 「セリク、お前を愛してるよ」  愛を込めて囁けば、セリクはようやくオレの腕の中で安心したような表情を見せた。  オレはセリクのこめかみに唇を寄せて、それから、ずっと背負ったままだった荷物を下ろしてベッドに腰掛ける。  もちろんセリクも一緒に、ピッタリ隣に座らせる。  セリクの手を取ってオレの膝に乗せて、ゆっくり撫でながら、オレは今日の昼の事を話した。  結局、変身用のアイテムは先輩が用意してくれることになった。  オレとしてはリサイクルショップとかで中古の女児向けおもちゃでも買ってくればいいんじゃねーかなと思ってたんだが、ああいうのはそれぞれに唯一無二であることが何とかかんとかうんぬんかんぬんと先輩がそういうこだわりを語り始めて止まらなくなったので、ひとまず全部先輩に丸投げしておいた。  LINEも交換したし、制作状況の報告ももらえるそうだ。  まずはオレのと兄ちゃんのを作って、それがうまくいったら他の奴らの分も作るんだとやたら張り切っていた。  セリクも、オレが怒っていないと分かってようやく、今日の父さんとのやりとりを話してくれた。  午前中のうちに変身アイテムに付与するための魔術陣を完成させたセリクは、ゲートの通過制限を解除するための陣をいくつか考えていたらしい。 「実際に外せるかどうかは、ゲートの稼働時間中にやってみないとわかんないけど……、あ、もちろんアオイが一緒の時じゃないとやらないからね?」  オレは、可愛い顔で可愛い事を言うセリクの頭を無言で撫でる。 「多分、ゲートの稼働時間も制限によって固定されてるだけで、原理としては向こうとこっちが正しく繋がっていればいつでも行き来できるはずなんだよね。そこら辺も、ゲートの稼働中に一度確認しておきたいな……」 「って事は、その制限ってのが解除できれば、好きなタイミングに向こうに行けたり戻ってこれたりするって事か」 「うん」 「そりゃいーな。一度向こうに行くと、向こうで一年待たなきゃ帰れねーってのは地味にしんどかったからな」 「あとは、変身アイテムの応用で僕やディアリンド様の体をこっちの体にするのもできると思うんだ。でもこれは時間に作用する魔術陣をかなりの数多重掛けする必要があるから、完成まで結構時間がかかっちゃいそうなんだよね……」 「そんじゃ兄ちゃんの安全確保アイテムができたら、セリク達の分はフロウリアに行ってから作るか。あっちなら土日だけでも4年分進められるだろ?」 「それいいね」と言ったセリクが不意に暗い顔をする。 「でも4年も経ったら、僕24歳になっちゃうよ……?」 「そのアイテムが完成すれば今のセリクになるんだろ?」 「……もし、完成……しなかったら……?」  セリクの瞳が不安でいっぱいになってゆくのがわかる。  オレはセリクが安心できるくらい、ゆったりと不敵に笑って見せた。 「ばーか、セリクがオレよりおっさんになっても、オレがちゃんと可愛がってやっから、そんな心配すんじゃねーよ」 「っ……、本当に……?」 「考えてみろよ。お前元々オレよりデカくて年上だっただろ? 20歳が24歳になったってそんな変わるかよ。セリクがオレと歳が離れんのが嫌ってんなら、一度引き上げてきたっていい」 「うん……」 「オレはお前が納得できるまで、何度でもどこにでも付き合ってやるよ」  だからもう、そんな顔すんなよ……。  セリクの顎をひいて、気持ちを込めて口づける。  そっと離そうとすると、セリクは縋るようにオレを追ってきた。  ああ、離されたくねーのか。  オレはすぐにセリクの後頭部に手を回すと、深く口づけてやる。 「んっ……」  息を漏らしたセリクの両腕が、おずおずとだが俺の背に回る。  遠慮がちにではあるが、オレを求めてくるセリクが、可愛くてたまらない。  セリクの口内に舌を挿し込むと、セリクの背が小さく震えた。 「んん……っ、……っ」  ああ、可愛い声だな……。  この先もずっと、お前が不安な時は、オレが何度だって慰めてやりたい。  むしろ、できる事ならお前が不安に思う事そのものを潰したい。  ああくそっ、オレももっと強くならねぇと……っっ!  お前に、どんな事があってもオレを頼れば大丈夫だって思ってもらえるくらい、オレは強くて頼れる男になりてぇんだよっ!!  兄ちゃんみたいな心も、ディアみたいな体も、セリクみたいな魔力も。  本当はすぐにだって手に入れたい。  持ってる奴らが羨ましくて、悔しくて、妬ましくなる。  けどこんな風に思う事自体がガキなんだってのも、もう分かってんだよ。  だから僻んでねーで、今のオレにできる事をいっこずつやってくしかねーって……分かってんだけどさ……。  お前はどんどん難しいことが出来るようになってくし。  兄ちゃんも大学行ってるだけのはずなのに何でかじわじわ聖力増えてってるし。  足踏みしてたディアまでが急に魔力制御できるようになってるし。  どーしても、オレだけ何もやってねーみたいで焦るんだよな……。 「は……」と甘い息をついて、セリクがオレを見つめる。 「アオイ……?」  ……んだよ、オレがお前を慰めてんだろ?  なんでお前の方がオレを心配してんだよ……。  オレは無言でセリクを強く抱きしめる。  しばらくじっとしていたセリクは、オレの腕の下から遠慮がちに手を伸ばして、オレの肩を撫でた。 「大丈夫だよ、アオイ……」 「……何がだよ」  拗ねるような物言いになってしまったオレに、セリクは優しく言った。 「僕が作るよ、アオイの事もケイ様の事も、僕の事も守れる魔法を」  ……っ!  オレは呑み込んだ息を吐き出しながら毒づく。 「……んだよ……」  悔しいんだよ。  こいつの方が、オレよりずっと頼れる奴だって事が。  なのに、オレ自身が、こいつの事をめちゃくちゃ頼りにしてる。  きっと兄ちゃんもそうだ。  ディアだって、セリクの魔法の腕には一目置いてる。  セリクがそう言うなら、きっとできるんだろうと思える。  オレの事も、セリクの事も、きっとセリクの魔法が守ってくれるんだろうと……。  けどさ……、じゃあ、オレはお前に何をしてやれるんだよ……。  奥歯を噛み締めるオレに、セリクが言う。 「でも僕ひとりだと、すぐ没頭しすぎて倒れちゃうからさ」  その言葉に、オレは腕を緩めてセリクの顔を見た。  セリクは、少し恥ずかしそうに目を泳がせつつも、もじもじと口を開く。 「だからアオイが……助けてくれる?」  言い終わってから、セリクは黄緑色がかった瞳でチラとオレを見上げた。 「……っ、そんなん、言われなくてもやってやるよ」  マズイ……、顔が熱くなってきた……。  オレはセリクの頭をぐいと引き寄せてオレの肩に乗せた。  これでひとまずオレの顔は見えねーだろ。  ったく、……セリクは頭が良すぎて困るよな。  気を遣わせてしまった不甲斐無さは割とでけーのに、それよりも嬉しさの方が勝ってしまうオレの心が、単純で情けない。  セリクが、ちゃんと言葉でオレを求めてくれたのが嬉しい。  いつものようなオレの身体じゃなくて、作業の助けになってほしいと言ってくれたのが嬉しい。  礼が欲しくてやってた事じゃねーけど、どんな形であれセリクの助けになれたことが嬉しいし、それをセリクがこれからも必要としてくれたってことが、やっぱりどうしようもなく嬉しくて、顔が緩むのが抑えきれない。  セリクは黙ったまま、オレの背をポンポンと撫でた。  焦るなと、言われた気がした。  そうだよな……。  オレがやるべき事は、兄貴達とは違うよな。  ちゃんとわかってたはずなのにな。  ちょっと焦るとすぐ見失っちまいそうになるのは、やっぱオレがまだ未熟だからか……。 「セリク、愛してるよ」  察しのいいセリクのおかげで、オレは礼も言えないような会話になってるしな。  せめてもの思いで、オレは愛の言葉に感謝を込めて囁く。  すると、抱き寄せたままのセリクの体が、カアッと熱くなる。  あーくそ、かわいーな……。  今はまだ、オレの方がセリクに頼ってばっかだけどさ。  オレもお前の隣で、オレなりの強さをもっと磨いてくから。  いつの日か……つーかなるべく近い将来に、お前の心も体も全部オレが守れるように。  見てろよ、セリク。

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