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はじめまして

 眩しい朝の日差しが差し込むオレの部屋。  そこには、淡い紫の光を放つ姿見が一つと、その横で鑑定を使うセリクと、オレだけが残った。  っ、だからっっっ!!  なんっっっでこうなるんだよ!!!  叫びを全力で堪えても、噛み締めた奥歯がギリッと軋んだ音を立てた。  あんのクソ親父っっっ!!  荷物量からして行く気満々だったじゃねーかよ!! 「ど、ど、どうしよう……」  セリクの震える声に、オレはひとまず怒りを横に避けてセリクに答える。 「こうなった以上、兄ちゃん達が戻るまで待つしかねーな。それとも、19時より早くゲートをこじ開けられそうか?」  オレの言葉にハッとセリクが顔を上げた時には、ゲートの光は消えてなくなった。 「えと……、まずは実験結果と鑑定内容……、メモしなきゃ……」  動揺から小さく震えるセリクの肩を励ますように撫でて、腰に結んでいたロープを解いてやる。  チッ、オレの手も震えてるとか笑えねぇだろ! しっかりしろよ!  腹の底に力を込めて、オレは震えを抑え込みながらセリクに言う。 「セリクはひとまずその作業を最優先で。大丈夫だ、落ち着いてやれ」 「うん……、あ、アオイはどこも痛いとこない?」 「ああ、今はな。後から気づいたら声かけっから。お前も痛むとこに気づいたら後回しにしねーですぐ治せよ?」 「分かった」  机に向かうセリクのふわふわの頭をなるべく優しく撫でて、そっと離す。  震えに気付かれずに口づけてやれるほど、まだオレには余裕がなかった。  足元に視線を落とすと、赤い雫が鏡の前にポツリポツリとほんの2滴残されていた。  オレは床に膝をついて、その赤に触れる。  ぬるりとした感触を怒りに任せて握り込むと、腹の底が煮え滾った。  オレ達を庇って、代わりに壁に叩きつけられたディア。  あの時、オレの後ろでディアの骨が鈍い音を立てたのを確かに聞いた。  その時の感触も、まだオレの背に残ってんのに。  ディアは痛みを堪えたまま、オレが差し出した荷物を取って迷わず兄ちゃんの後を追った。  兄ちゃんだけを見つめてゲートに飛び込んだディアの、焦燥を浮かべつつもまっすぐな横顔がまだ瞼に残っている。  ディアは怪我したままだし、兄ちゃんは手ぶらだったってのに。  あいつだけ準備万端ぽかったのがくっっっっそムカつく。  もう3人は向こうに着いただろうか。  あ、でも兄ちゃんが父さんとバラバラになったら、父さんだけ次元の狭間に残されるかもだな。  むしろそうなりゃいーのにな。  ひとりきりになって、少しは反省しろよ。  あいつ、オレ達が飛ばされた事にも、ディアが怪我をしたことにも気づいてなかったんじゃねーか?  光るゲートにすっかり目を奪われまくってたからな……。  近づきすぎて、うっかり帽子の端が触れてしまうほどに。  ああくそっ、やっぱ許せねーな!!  近付くなって言ってただろーが!!!  大人しくしてんじゃなかったのかよ!!!  セリクがミスったのも、あいつがごちゃごちゃ言ったからだろ!!  そんならリンが怪我したのもあいつのせいだし、兄ちゃんが向こうに行ったのも全部あいつのせいだ!!  なのに自分だけ準備してってるしよ!!!!!! 「アオイ……、あの……怒ってる……?」 「ったりめーだろ!!」  おずおずと様子をうかがう声に思わず怒鳴り声を返すと、セリクがひゅっと息を呑んだ音がした。 「お前にじゃねーよ! 父さんに腹立ててんだ!!」 「でも、僕が……失敗、したから……」 「……っ」  ああ、そうだよな。  お前が自分のミスを気に病まねーはずねーよな。  オレは赤色を握り潰していた拳を無理矢理開いて、手と床を浄化して立ち上がる。  そのままの勢いで、セリクの背を椅子ごと抱きしめた。 「……いーんだよ。お前は頑張ってんだから、どんだけ失敗したってオレはお前を見限ったりしねーから……」  ちくしょう、もっと気の利いたことが言えねーのかよ……っ!! 「アオイ……」  セリクの手がオレの腕にそっと触れる。 「……悪ぃ。お前のこと上手く慰めてやれてねーな……」 「そっ、そんな事ないよっ。僕すごく安心したから……。えっと、解析頑張るねっ」  オレに気を遣ってか慌てて作業に戻るセリクに、オレは心の中でもう一度不甲斐なさを謝ってから、スマホを手にベッドに突っ伏した。  はぁぁぁぁと大きなため息を心の中だけで慎重に吐いて、スマホに視線を移す。  ひとまず母さんに連絡入れて……、ああ、昼飯は久々にセリクとゆっくり下で食えるな。それから念の為、玲菜にも現状だけ報告しとくか。  兄ちゃんにオレの荷物がすぐ届いてるといーんだけどな……。  兄ちゃん、ディアの怪我、早く治してやってくれな……。  オレは開いたLINEのメッセージ欄の上で無駄にうろうろと指を彷徨わせる。  ああくそっ、ちっとも書けてねーし……。  セリクの背を見れば、セリクは黙ってペンを動かし続けていた。  オレにもあんくらいの集中力か、せめて気持ちをパッと切り替える力があればな……。  って、欲しがってる場合じゃねーんだよ。サッサと切り替えろよ。  ごちゃついたままのオレの頭に、最近聞いた少し不穏な教会の話が蘇る。  元聖女に強引に仕事させるってどんなんだよ……。  あの頃の司祭のじーさんなら、そんな事絶対やらせねーのにさ……。  なあ、兄ちゃん、ディア……、頼むからあんま無茶しねーでくれよ……?  *** 「初めましてっ、貴方様は元聖女様ですね? フロウリアへようこそお帰りくださいました」  失礼にならない程度の早足で俺の元にまっすぐやってきたのは、教会の侍女服を身に纏った女性だった。  夏の日差しを受けてキラキラと輝く肩上までの金茶の髪は金色のようにも見えて、そこにそばかすが浮かんだ顔でにっこり笑うと、その人懐こい笑顔に何だかロイスを思い出してしまった。 「私は今日から貴方様の身の回りのお世話をさせていただくアンナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」  そう言って目を開いた彼女の瞳はロイスの碧眼とは違って淡い茶色だったけれど、全体の明るい雰囲気がやっぱりロイスにどことなく似てる気がする。 「初めまして、俺は芦谷圭斗です。こちらこそよろしくお願いするよ、アンナ」  俺の言葉に、今までにこやかな顔を見せてくれていたアンナがピタリと動きを止めた。 「アシヤケイト……様……? え……まさか、ケイト様……!?」  ん? 何だろう、名乗らない方が良かったりした……?  彼女の驚きが好意的なものなのかそうでないのか読み切れず、そっと警戒する。 「ああああの私っ、ミリアの娘でロイスの孫になりますアンナと申しますっっ。母からは常々ケイト様がこちらにいらした際には全力でもてなすよう言われておりまして、私も幼い頃からケイト様の素晴らしき偉業の数々を子守唄がわりに母から聞いており、それがまさかのこの度に、大変尊敬しているケイト様の侍女となれました事、あああ本当に本当に私で大丈夫なんですかっ、いえ私が任をいただいたのですから今更どなたにも譲るつもりはございませんが、まさに運命の巡り合わせとしか言いようのない僥倖、恐悦至極に存じますっ」  えっと、待って?  なんか一気にドバッと喋られたけど、この子はロイスの長女であるミリアちゃんの娘さん……なんだね? 「あの……、ロイスは今……」 「申し訳ありません、祖父は私が生まれる前に巡礼で……」  そっか、この子にとっては生まれる前の出来事なのか……。 「遺骨が帰ってきたか分かる?」 「あっ、ハイっ。確か翌々年には戻ったと聞いておりますっ」 「そっか、よかった……」  俺は心底ホッとした。  彼の一部だった物が、暗い森の中にずっとひとり取り残されていなくて。  彼はいつでも明るい笑顔で誰かとワイワイ話しているような人で、ひとりでいることはあまり好きではなさそうだったから。  彼の一部が、彼の愛した人達の元に帰ることができて、本当に良かった……。  安堵の中に、もう彼に会えない寂しさを混ぜ込んだままの気持ちで俺は微笑む。 「ケ……ケイト様……」  俺を見上げるアンナがみるみる顔を赤くして、しまいにはじわりと涙を浮かべた。  うん? え? なんで!? 「そ、そんなに祖父の事を……お考えくださっていたなんて……っ、祖父は護衛騎士一番の幸せ者ですっっ、会ったことはありませんがっ」  多分、最後の一言は余計だと思うよ。  アンナは感極まったと言わんばかりに涙腺を決壊させている。  えー……、どうしよう……、困ったな……。  そういえば、この子さっき『素晴らしき偉業の数々』とか言ってたけど、いったいどんな話を吹き込まれてるんだろう。  俺って普通に一年聖女をしただけだし、その後も巡礼にはついて行ったりしたけど、攫われたり倒れたりと足手纏いになることはあっても活躍するような場面は特になかった……よね……?  俺は、もうしばらくこの場に待機したいという話をして、まだ泣きまくっているアンナをほんの少しだけ日陰が増えた部分に座らせた。  アンナは俺よりいくつか年上には見えたが、大学生くらいの歳に見える。  少しでもなだめてあげたいけれど、頭を撫でると嫌がられてしまうだろうか……?  背中ならいいかな?  いや、年頃の女性の体に触れるのは余計に良くないだろうか?  俺はしばらく逡巡してから尋ねた。 「頭を撫でても構わないかな? 君の心が落ち着けばいいなと思っての事だから、嫌だったら遠慮なく首を振ってね」  しゃくりあげる度に小さく震えていた彼女は、俺の言葉にピタリと一瞬止まってから、頭がもげんばかりに頷いた。  そ、そっか。そんなに撫でていいなら撫でさせてもらおう……。  俺はロイスの金を僅かに思わせる金茶の髪に手のひらをそっと乗せて、よしよし……と優しく撫でる。 「はわぁぁぁぁ」と声を漏らしながら顔を上げたアンナは俺を見上げて、再度号泣した。 「ケイト様が……伝承以上にお優しいですぅぅぅぅ……っ」  伝承にはなってないからね?  流石に君のおじいちゃんの代からいきなり俺は伝承にはならないからね?  逆効果だったかな……なんて反省していると、ゲートの方で魔力が集まる気配が微かにした。  俺が顔を向けると同時に、アンナもパッとゲートを見る。  ああ、この子は魔法が使える子なんだろうか。  そんな事を頭の隅で思いながら、俺は靴下のままゲートに向かって駆け出した。

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