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なんだか嬉しいね
「わ、私を、追い抜かないでくださいっ」
後ろからぜぇぜぇと上がった呼吸を整えながら文句を言いつつアンナが現れる。
「あはは、ごめんごめん、ケイト様に早くお会いしたくてさぁ」
そう答えたのは護衛騎士ではなく聖騎士の甲冑を身につけた男だった。
アンナより10以上は年上だろうか。
30を超えたほどに見える男性騎士は、鮮やかな赤い色をした髪を短めに整えていて、こちらにぴたりと合わさった瞳は懐かしいオレンジ色に瞬いた。
……あ、エミーの色だ……。
その色合いを懐かしく眺めているうちに、聖騎士は大股でズンズンと俺に向かってくる。
その勢いの良さに、リンがサッと俺の前に立った。
「ケイト様ですね、お会いできて光栄ですっ。私はエヴァン、この教会で聖騎士を務めています」
にこやかに微笑んだ彼が、手を差し出そうとして荷物の多さに苦戦している。
後ろから小走りでやってきたアンナが呆れた顔で彼から荷物を受け取ろうとしたところを、リンが俺の様子を気に掛けつつも受け取って、リンとアンナは椅子や大きなパラソルを広げ始めた。
改めて差し出されたエヴァンの手は、グローブと手甲に包まれていて分厚い。
「はじめまして、芦屋圭斗です。エヴァンさんよろしくお願いします」
彼の手を両手で包んで笑顔を向けながら、俺は頭の隅で疑問に思う。
「私のことはエヴァンと気安く呼び捨ててください」
「ありがとうエヴァン。えっと……なんで俺の事を知ってるのか、聞いてもいい……?」
「あっ、申し遅れましたっ。私はケイト様に命を救われたシルヴィンと、ケイト様にお仕えした事を生涯の誇りとしているエミーの息子です!」
言って、エヴァンはペコリと頭を下げ直す。
ん?
待って?
誰と誰の子……って……?
今、知ってる名前2つ出てきたけど本当に!?
だって2人にそんな雰囲気なかったよね!?
それにエミーは生涯独身の予定だって言ってたよね!?
いや、いいんだけど、むしろ2人が幸せなら大歓迎なんだけど。
ちょっと、びっくりしただけで……。
チラとリンの方を見ると、リンも椅子を広げたままの姿勢で目を丸くしていた。
「両親からケイト様のお話は聞いていたのですが、もう二度とお会いすることはないだろうと言われていたので、こうしてお会いできて嬉しいですっ」
あー。その辺の認識は、流石に2代目と3代目の違いかな。
アンナは俺がこっちに来れないって事をそもそも知らなかったもんな。
エヴァンは俺の手をもう片方の手で包んでぶんぶんと縦に振る。
嬉しそうにニコニコしている姿が何だか無邪気で可愛い人だな。
……俺よりずっと年上だけど。
歳を尋ねれば、今年で33歳になるらしい。
そっか、最後に見た頃のロイスと同い年なんだなぁ。
奥さんと娘さんもいると聞いて、エミーとシルヴィンももうおばあちゃんおじいちゃんと呼ばれる歳なんだなぁと思う。
えーと……、今2人は66歳と67歳か。
今思えば、シルヴィンが1つ上なだけで、この2人は歳が近かったんだなぁ。
エヴァンは俺の手をパッと離すと、リンの方へ向き直る。
ん? あ。もしかしてリンに視線で牽制された?
「そちらはもしかしてディアリンド様ですか? お噂はかっ、かねがね……」
待って、それってどんな噂?
今エヴァンどう見ても笑いそうなとこをグッと堪えたよね?
「ああ」と微妙な顔で答えたリンと、エヴァンが挨拶を交わす。
リンの姿を上から下まで眺めたエヴァンは、俺達が靴を履いていないのに気づくと、俺達の足のサイズをそれぞれ測ってから教会へと引き返していった。
「簡易甲冑で良ければ俺の私物があるので……」とエヴァンが申し出てくれたので、リンはそれをありがたく受けていた。
エヴァンはリンとほぼ同じくらいの体格に見える。
ほんの2センチくらい、リンの方が背は高いかな。
身長の話をするとエヴァンは「弟の方が俺より背ぇ高いんスよ。弟も教会にいるんで、会ったら声かけてやってください、父さんそっくりなんで見ればわかると思います」と苦笑した。
「エヴァン様、ケイト様に馴れ馴れしいですよっ」
アンナが注意すると、エヴァンが慌てて頭を下げる。
「あっすみませんっ。なんかケイト様ほんわかしてて話しやすいんですよね」
ほんわか? してるつもりはないけど……。
「いいよいいよ、俺よりエヴァンの方がずっと年上なんだし、楽に話してね」
「助かりますっ。でも母さんにバレたらめっちゃ怒られそうなんで気ぃ付けますっ」
確かに、エミーに知られたら怒られそうではある……。
バタバタと教会に向かうエヴァンの背を見送りながら、俺は隣のリンに話しかける。
「今の教会に知り合いは誰もいないと思ってたから……、なんだか嬉しいね」
リンも「ああ、そうだな……」と感慨深げに微笑んで答える。
テーブルにクロスをかけていたアンナが、パッと振り返って、両手をポンと合わせた。
「それでしたら、後ほど私の姉と従弟もご紹介しますねっ。皆ケイト様の大ファンですからっ」
うん……?
いや、俺のどこに大ファンになる要素があるのかな?
姉と従弟って事は、ミリアちゃんの娘と……もしかするとアリアちゃんの子って事も……?
アリアちゃんが生まれた時に名前をつけたのが俺なので、俺が名前をつけた子の、さらに子ども……。
フロウリアの時の流れはやっぱり早いなぁ。
「従弟のクロイスは今年護衛騎士見習いになったばかりなので、巡礼では聖女様の馬車にご一緒する予定なんですよ」
ということは今15歳で今年で16歳になる歳か。
騎士ってことは、アリアちゃんの子は男の子なのかな。
俺はこっちに来た時も今もずっと18歳なんだよね……。
俺は、皆にどんどん追い抜かされていく自分の手を、ぎゅっと握って、また開いた。
「クロイス君は巡礼楽しみにしてる?」
「ええとっても。元々大人しい子なんですけど、あの子なりにソワソワしてるみたいです」
お茶の準備をするアンナに好みを尋ねられて「苦過ぎず甘過ぎないのが好きかな。アンナのセレクトに任せるよ」と答えると、アンナは気合を入れて籠から茶葉を選んでいる。
「ケイト……」と気遣うような声に顔を上げると、リンが俺を見つめていた。
「私にも、少しケイトの気持ちが分かった」
ああ……。
リンも、今まで肩を並べていた仲間達に置いていかれた気分になったのかな……。
俺は紫色の光を放ち続けているゲートを見てから、リンに言う。
「今のうちにリンだけ向こうに帰るっていう手もあるよ」
リンは静かに首を振って言う。
「共にでなければ、意味がない」
「そっか。それじゃあ、帰る頃にはリンは25歳で、俺とは7つ差になるね」
「そうだな、すまない……」
リンは苦しげに眉を寄せて、深い青の瞳を長いまつ毛の下に隠した。
リンが謝るような事じゃないよ。
俺がわがままを言ってるだけなんだから。
俺は手を伸ばして、リンの頬の横で揺れる青い髪を指先で掬いながら、リンに微笑んだ。
こっちこそごめんね、と謝罪の気持ちを込めて。
リンは俺を見て、少しだけ苦い顔で微笑んでくれた。
「俺は……リンが長生きしてくれたら、嬉しいよ」
俺が笑って言うと、リンは「ああ、努力する」と真面目そのものの顔で答えてくれた。
そのまま俺達は空の色が変わる頃までゲートの前で過ごしたけれど、結局その日、新たな聖女は現れなかった。
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