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ハディルドの話(1/2)
ハディルドの家に向かう事になったオレらだったが、実玖が公園から絶対帰らないと主張し、まだ今も公園の入り口付近でハディルドが実玖をなだめすかしていた。
七凪の体調について尋ねれば、今は寝たきりって事じゃないらしい。
けどやっぱオレらの話は聞かせねー方が精神的には良さそうだ。
ハディルドは実玖だけ七凪に預けて外で話をしようと言ったが、オレが「七凪さんひとりに実玖の面倒みさせんの心配だから、ハディルドさんが外に連れ出してたんじゃねーの?」と問うと「……そう、だが……」とそれを認めた。
そんなわけで、オレは母さんに電話して子守の了承をもらうと、ハディルドには七凪に帰宅が遅くなる旨連絡してもらって、3人を引き連れて家に戻った。
玄関に出てきた母が、満面の笑みで両手を広げる。
「いらっしゃーい。まぁ可愛いっ。あなたが実玖ちゃん? 今日はおばちゃんと遊びましょーねぇ」
なんか母さんテンションたけーな……。
小さい子好きっぽいよな、さっきの電話でも二つ返事でOKだったしな。
ま、オレらは誰もそーゆーの産めねーから、今だけでも癒されといてくれ。
物怖じしない実玖が、テンション高めの母さんにも「はぁーいっ」と元気に返事をしている。
初めての家だし、父親のハディルドとは引き離さねー方がいいか。
実玖と母にはリビングで遊んでもらいつつ、オレらはダイニングのテーブルに座る。
普段は開けっぱなしの、リビングとの境のアコーディオンカーテンを半分だけ閉めて、オレは3人分のお茶を出した。
「……そうだな……。本当に、面白くない話だから。聞きたくなくなったらいつでも言ってくれ」
ハディルドはそう前置きをしてから、話し始めた。
フロウリアの前身であるマダートゥールは、父の読み通りの監獄都市だった。
***
その頃、我が国はずっと隣国から領土を巡る侵略戦争を仕掛けられ続けており、疲弊していた。
隣国との境にほど近い場所にあった監獄都市マダートゥールもまた、続く侵略戦争のために度々食糧や物資を徴収され続けていた。
劣悪な環境下で労働力として酷使され続ける罪人達の疲労や不安は積み重なり、次第に生き残るための怒りへと変わりゆく中で、監獄都市としての管理体制は崩壊寸前だった。
そんなマダートゥールを、国は隣国からの侵攻を防ぐ最終防衛ラインを作り出すために使う事にした。
暴徒と化す前に。
隣国に人員が流れ出す前に。
計画は急ピッチで進められた。
それまで魔力を集めることにより生み出し、使役していた魔物。
それを、魔力に良く似た瘴気の濃度をひたすら高めることにより自然発生させる。
瘴気から生まれた魔物には、無作為に人を襲えという命令だけを与える。
そんな魔物達を隣国との境に並べれば、自国を守る壁となってくれると信じて。
その頃ハディルドは国立の魔法学校を主席で卒業したばかりだった。
若いながらも多大な期待を背負って、隣国との戦争終結のため、優秀な魔法技師としてマダートゥールへと赴いた。
瘴気を発生させる装置には、たくさんの魔力の源……つまり人の命が必要だった。
幸い、マダートゥールには国が自由に使える命がたくさんあった。
瘴気の発生装置は一年もせずに完成した。
実験の結果、一つの装置が安定的に稼働するには、100人程の命が必要だった。
そんなものを幾つも作って、幾つも並べた。
人の命を奪うことへの罪悪感は、国のためという大義名分と、寝る暇もないほどの忙しさの前に日々薄れていった。
国境沿いに並べられた無数の瘴気発生装置。
それらが次々に魔物を生み出すようになり、隣国が我が国に攻め込むことはなくなった。
これで国は平和になる。
人々は安心して暮らすことができる。
国の皆が安堵した。
我々魔法技師達は、魔物達が自国側に流れ込まないための結界装置を設置し管理を引き継ぎ次第、王都へ帰る予定だった。
しかし、その作業はまるで予定通りに進まなかった。
いつしか、いくつもの瘴気発生装置から発生した瘴気が重なり合い、より濃い瘴気を纏う魔物が現れ始め、これまでの魔物では壊せなかったはずの結界を少しずつ破壊し始めたからだ。
さらには、瘴気の濃い魔物が人に負わせた傷には、治癒が効かないことが判明した。
その上、瘴気は当初の想定を遥かに超える早さで広がり続けており、薄い瘴気であれば息が苦しい程度で済むものの、濃い瘴気に触れればそれだけで身動きが取れなくなり、治癒も効かず死に至るという。
私を含む魔法技師達は、現地から次々届けられる悲惨な報告に戦慄した。
このままでは、隣国ではなく瘴気そのものに国が脅かされてしまう。
それでようやく、我々魔法技師達は思い知った。
ああ……、瘴気などというものを作り出したのが、そもそもの間違いだったのだ。
やはり我々のしたことは、人として許されない行いだったのだ。と。
しかし誰もがそう思っても、それを口にすることは誰にもできなかった。
そこから、我々はこれまで以上に命懸けで研究を続けた。
結界を繰り返し補強し、これまでよりもさらに強力な結界を作り出す。
しかし、それでも魔物の侵攻は防げなかった。
魔物退治のために国から騎士団も繰り返し派遣され、魔法技師も増員された。
次第に、魔物と人間は完全に敵対してゆく。
けれど、我々は肝心の瘴気に対抗する手段を誰一人として持たなかった。
そんな中で、魔法技師のシャイルが救いを異世界から引き寄せることを提案した。
空間移動魔法の権威だったシャイルの論は魅力的で、我々は藁にもすがる思いでその研究に没頭した。
さらに一年が過ぎ、騎士団が健闘する中で魔物は徐々に生息範囲を広げてマダートゥール近くの森にまで姿を現すようになった。
次の実験がダメなら、管理者や魔法技師達はマダートゥールを捨て、王都に一度退却しようという話が出ていたその頃、衝撃的な知らせが入った。
それは、王都が瘴気を纏った魔物達に襲われほんの三日で壊滅したという知らせだった。
どこからか私達が作り出した瘴気発生装置の製造法が漏れ、他国に悪用されたのか、それとも国が我々に相談なく王都で新たに実験を行おうとしていたのか。
今も原因はわからないが、とにかく我々に帰る場所がなくなった事だけは確かだった。
数日して、空間移動魔法であちこちを飛び回ってきたシャイルが、この国で今生きている都市はここだけだと告げた時。
私は、瘴気をこの世に生み出した者としてここで国と破滅の運命を共にするしかないのだと覚悟した。
それなのに、準備していた異世界から聖力を持つ者を召喚するゲートの実験が、この時に限って成功してしまった。
こんな、自業自得で滅びを待つだけのこの国に、何も知らない優しい人が別の世界より呼び出され……。
そして、我々の手によって結界の核として結界柱に埋め込まれた。
こんなことはいけない。
これでは瘴気を生み出した時と同じではないか。
この先に待つのはきっと、更に残酷な結末だ。
我々はそれをわかっていながらも、他の解決策を持たなかった。
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