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感応力

 偶然にも、俺が通された元聖女の部屋は、俺がこれまで使っていた角の部屋だった。  リンと一緒だったから、少しでも広い部屋を手配してくれたのかな。  俺はリンの事をどう説明しようかと悩んでいたにもかかわらず、リンが「ケイト様の専属護衛だ」と自己紹介しただけで、周囲はリンを俺が向こうから連れてきた専属護衛か、とすんなり納得してしまった。  なるほどなぁ。  この世界では高貴な人に従者がついているのは当然の事で、実際この世界での聖女や元聖女には教会が毎回専属侍女や護衛をつけるわけだし、俺に従者がついてきたっておかしくないって思うんだなぁ。  内装はカーテンや絨毯が変わっていたけれど、変わらない家具や雰囲気に、俺は何だかホッとした。  禁呪を作っていた頃に、ずっと向かっていた机の表面をそっと手の平で撫でる。  懐かしいな……、と思った俺の後ろで、リンが小さく呟いた。 「……懐かしいな」 「ふふ、まだあれから3週間も経ってないけどね。でも……、俺も懐かしいと思ったところだよ」  リンの方を振り返ろうとしたら、後ろからリンの腕が俺の腹と胸に回った。  俺の事をそうっと包んだリンの腕に少しずつ力がこもって、きゅうっと大切そうに抱き締められる。  あ、そうか。  この部屋って、俺とリンが初めてキスした場所で……。  視線を動かすと、寝室が見える。  あの寝室で、俺はリンと……。  途端に色々思い出してしまって、顔が急激に熱くなる。  それなのに、なんだか……、ここにエミーがいないことがとても淋しく思えてしまって……。  そこに、ノックと同時にアンナが入ってきた。 「お待たせしてしまいすみません。お食事をお持ちしました」  その手には1人分の料理が乗ったトレイがある。  リンは流石に気配を察知するのが早くて、ノックが鳴る前には体を離している。  俺は赤い顔を何とかしたくてこっそり深呼吸をしてから答えた。 「ありがとう。あれ、3人分持ってきてくれた? アンナも一緒に食べようね」 「それが……、途中でクロイスを拾ってしまったのですが、お目通りをお願いしてもよいでしょうか?」 「もちろん、大歓迎だよ」  俺が笑って答えると、アンナの後ろからおずおずと金髪の少年が姿を現した。  両手にトレイを1枚ずつ持っているのは、アンナに持たされたんだろう。  金髪碧眼の少年は、アンナ程くっきりではないにしろ、うっすらとそばかすを浮かべていて、その色合いはロイスに良く似ていた。  紹介されたのはロイスの次女アリアの長子で、今年護衛騎士見習いとなったばかりの15歳の少年だった。  今年が初の巡礼参加という、俺より10センチは背の低いその少年に、俺は微笑みかける。 「よく来てくれたね、俺は元聖女の芦谷圭斗だよ。君のお爺さんには何度も命を助けてもらったんだ」  俺はクロイスに握手を求めて手を差し出した。  両手の塞がっているクロイスが動揺する。  手に持っていたトレイを机に下ろしたアンナが、クロイスの手からトレイを受け取り、もう一枚のトレイをリンが受け取ると、クロイスは俺の差し出した手をじっと見つめて、もう一度俺の顔を見上げて、それから恐る恐るといった様子で俺の手を両手でそっと握った。  なんだか可愛いな。  そういえばアンナもクロイスは大人しいって言ってたっけ。  色合いはロイスに似てるけど、性格は結構違いそうだね。 「あの、護衛騎士見習いの、クロイスです。……母に名を授けてくださったケイト様にお会いできて、本当に、嬉しいです……」  恥ずかしそうに伏せられた瞳が、何だか初々しくて可愛い。  でも、この子も、あっという間に大人になってしまうんだろうな……。  俺はちょっとだけ淋しく感じながら、俺より小さなその手を優しく包んだ。  どうか、この子が無事に今年の巡礼を終えて、立派な騎士としてすくすく成長できますように。と強く願いながら。  クロイスは、ハッと俺の顔を見上げる。  それからカアッと頬を染めて「が、頑張ります」と言った。  あれ? 俺の心の声漏れてたかな?  俺が内心で首を傾げていると、気付いたのかアンナが補足する。 「あっすみません。クロイスは感応力の高い子で、時々変なとこ見てたり変なこと言ったりしますけど、悪い子じゃないんですよっ」 「へぇ、そうなんだ。クロイスはすごいんだね」  向こうでいうと霊感とか第六感とか、そんなのがある子なのかな?  人より色んなものが分かってしまうと、きっと人より大変なことも多いだろうに。  それなのに、巡礼であちこち行かなきゃならない護衛騎士になろうって、今まで努力してきたのか。  すごいなぁ、頑張ってる子なんだなぁ。  俺が素直に感心していると、クロイスは俺のことを驚いたような顔で見つめた。 「あ。ごめん、いつまでも握ってたね」  そっとクロイスの手を離すと、クロイスは慌てて首を振る。 「いえ、その……。私は、触れたものの感情を、読んでしまう、ので……」  ああ、それで握手が恐る恐るだったのか。 「すみません……」と泣きそうな声で謝って、クロイスは俯いた。  金色の髪が小さく縮こまった体の上で震える。 「ううん、こちらこそごめんね。きっとびっくりさせてしまったね」  彼は、急に差し出してしまった俺の手を断りきれなかったのだろうな。  彼の周りの人はクロイスの体質を分かっていて、彼に触れないようにしているのだろうか? 「クロイスは人に触れられるのは苦手?」 「苦手……というよりも、皆、私には触られたくないようなので、なるべく触らないようにしています」  それは……家族や友達にもそうなんだろうか。  だとしたら、少し淋しい気がする。 「えっと、俺がクロイスの頭を撫でるのって、嫌かな?」 「…………っいいえっっ、そのっ、恐れ多いですっっっ」  それって、遠回しに嫌って事かな……?  持ち上げかけた手を下げようかと迷う俺の横から、アンナがドヤ顔で言った。 「ふふん。私はとっくにケイト様になでなでしていただいたわよっ!」  そういえば撫でたね、確かにアンナの頭も撫でました。  え、なんかこれじゃ、俺って誰彼構わず頭撫でる人みたいじゃないか……。 「ぇええ……なんで……」  半眼でアンナを見るクロイスの声には非難の響きが含まれていた。 「だからクロイスが遠慮する事はないわ。あなたは見習いでも護衛騎士なんだもの。侍女が許されることが許されないはずないじゃないっ」  なるほど、アンナはクロイスの背中を押してくれてたんだ?  ってことは、クロイスは人に触られるのは別に嫌ではないと……? 「クロイスに、俺が触れても構わないかな?」  俺がなるべく柔らかく微笑んで尋ねると、クロイスは俺をじっと見上げて、それから恥ずかしそうに頬をじわりと染めつつ頷いてくれた。 「ありがとう」  そっと撫でたクロイスの頭はまだ小さくて、あの頃のセリクを思い出した。  まだ護衛騎士団に入りたてて、毎日大変だろうな。  巡礼は楽しみにしているらしいけど、巡礼は期間も長いからなぁ。  クロイスが、無理なく怪我なく頑張れますように。  俺はいつ触れてもらっても大丈夫だし、いつでも触れてあげられるからね。  淋しくなったら、いつでもこの部屋に遊びに来たらいいよ。  そんな思いがどこまで彼に伝わるのかは分からないけれど、俺は優しい気持ちをいっぱい込めて、クロイスの頭を撫でた。  少なくとも、俺の手を取ったことを彼に悔やんでほしくなかったから。  なでなでなでなでと少し俯いた小さな頭を撫でていると、テーブルセッティングを終えたアンナが「お食事の準備が整いました」と言う。  俺はそっと彼の頭から手を離して、アンナに「ありがとう」と答える。 「ぁ」と小さな声に視線をクロイスに戻すと、クロイスは縋り付くような瞳で俺を見上げていた。  えーと……。何だろう。  もしかして、もっと撫でてほしかったのかな?  その時、クロイスがビクッと肩を揺らして、何かに怯えた様子で振り返る。  振り返った先には無言でクロイスに視線を送るリンがいた。 「ちょっと、リン。小さい子怖がらせちゃダメだよ?」 「……ケイト様と3つしか違いません」  リンはこちらで過ごす間、人前では俺に敬語を使うことにしてある。  3歳差か。そうだっけ?  そっか。何だか自分がまだ18歳だって事を、こっちでは忘れちゃいそうになるな。 「リンから見て、小さい子でしょ?」 「……申し訳ありません」  リンの不服そうな声に内心苦笑しながら、俺はそそくさと部屋を出ようとするクロイスに声をかける。 「またいつでも遊びにおいでね」 「は、はいっ。ケイト様、ありがとうございましたっ」  ペコリと勢いよく頭を下げるクロイスは、来た時よりも元気になったように見えてホッとする。  俺は微笑ましい気持ちで、俺より小さなその背を見送った。

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