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砂のご馳走

「おすなであしょぶの!」と主張する実玖に従って、オレ達は砂場で遊ぶ実玖を囲むような形で話をする。  時折実玖が何やら食えと持ってくるので、その都度食べるフリをしつつ。  しばらく公園に来なかったのは、七凪が兄貴に会った翌日から切迫流産で2週間入院していたかららしい。  その間実玖は七凪の実家に預けられていたそうだ。  つか精神的ストレスって、それ兄ちゃんのせいにすんのかよ。  微妙に納得はいかないが、妊婦を脅かしてしまった事については謝罪する。  兄ちゃんなら絶対気にするし、めっちゃ謝るだろうからな。  七凪も、兄貴がきっかけではあるものの兄貴のせいにはしてないらしい。  まあ、話がまるで通じない相手ではなさそうだな……。  オレとセリクがザックリ自己紹介をすると、男はハディルドと名乗った。 「ハ……ハディルド様……って……まさかあの御高名な……」  その名に顔色を変えたのはセリクだった。  ハディルドはその昔めちゃくちゃ有名だった魔法技師らしい。  昔っつーけど、フロウリアの建国前から有名ってそれ5000年近く昔だろ。  もう大昔レベルだろ。 「……まだこちらでは、あれから7年も経っていないよ」  そう言ったハディルドは、ほんの一瞬苦しそうな顔をしていた。  ったく、めんどくせーな。  向こうじゃずーっと昔の話なのにさ、こいつらはまだ昨日の事みたいに思ってんのかよ。  オレがこの真偽魔法を司祭のじーさんから口伝で教えられたと聞いて、ハディルドはホッと胸を撫で下ろしていた。 「そうか……。ずっと……私との約束を違えないでいてくれたのか……」  まあ確かに、こんな魔法が世間に出回ったらしばらくは疑心暗鬼になるかもだけどさ。  そんな言っても、兄ちゃんの作った記憶消去の禁忌魔法とか玲菜の作った時間停止の禁忌魔法に比べりゃよっぽど害は少ねーと思うけどな?  ……いや、改めて思うと、兄ちゃん達はかなりヤバい領域に足踏み入れてんだろ。  全く……わざわざ異世界まで行って何危ねーもん作ってんだよ……。 「僕、今の話聞いてもよかったの……?」 「魔術陣の中身の話じゃねーし、いーだろ」  オレの視線を追うようにセリクを見たハディルドが、しばらくセリクの鳩尾あたりを見つめてからオレに視線を戻す。 「この子は向こうからきた人間なのか」 「ああ」 「魔力量がすごいな。……今の向こうの人達は皆こうなのか?」  少し下がったメガネの中央を押し上げながら、ハディルドが尋ねる。 「いや、こいつは特別だ。他の奴らの何倍もすげぇ」 「そうか……」  ホッとした様子でそう答えた男の魔力も、オレの目にはセリクに負けず劣らずくらいに見えるんだけどな。  正確なとこはセリクの方がよくわかるだろうから、後で聞いてみるか。  しん。と静まり返った砂場に、公園で遊ぶ子ども達の笑い声が遠く届く。  オレはなんて切り出そうかしばらく迷ってから、口を開いた。 「あー……、ぶっちゃけ話したくねー話だと思うんだけどさ、七凪さんに聞いて負担かけんのも嫌だしさ、ハディルドさんから聞かしてもらってもいいか……?」 「……それは、何のために……?」  男の目がスッと細くなる。  ヒヤリとした気配に『私の邪魔をするな』という意思を感じる。  いや、違うだろ。  お前らが死を願った奴らは、もうとっくに全員死んでんだろ? 「何も知らずに懸命に生きてる奴まで、お前らの巻き添えで殺させねーためだよ」  オレの言葉に、男が喉の奥を詰まらせた。  じわりと青ざめる男の様子に、安堵と怒りが同時に湧く。  罪の無いやつまで皆死ねと思うような奴なら、取りつく島はなかった。  けど、兄ちゃんから聞いた話と自分で見た様子からして、そんな奴らではなさそうだと思った。  にしてもさ、それでも、罪のない沢山の命が一緒に死ぬのもやむを得ないって思ってんのは、やっぱ、オレはちょっと納得できねーな。  オレはバレると承知の上でハディルドに真偽魔法を投げる。 「なぁ。お前らは本気で、もうどうにもできねーと思ってんのか?」  ハディルドは、オレの問いに明らかに動揺した。 「っ、それは……」 「それとも、できんのに見殺しにしたいのか……?」   ギシリ、と軋むようにハディルドが動きを止める。 「できたよぉー」と嬉しそうな声をあげて小さな砂山を持ってきた実玖には、セリクが慌てて対応に入った。 「わぁ美味しそうだね」「でしょー?」なんていう気の抜けそうな会話をなるべく頭に入れないようにしつつ、オレは返事を躊躇うハディルドに慎重に言葉を重ねる。 「オレは、お前らに責任取れなんて言う気はねーんだよ。でも兄貴は、取り残された聖女達も、あの国で一生懸命生きてる奴らも、全部助けたいと思ってんだ。だからオレは、兄貴を助けるために話を聞かせてほしいと思ってる」 「……全部……なんて……。そんなこと、できるはずがない……」  ハディルドの発言に、真偽魔法が静かに青い色を返す。  うるせーな、お前はできねーと思ってんだろうけど、兄ちゃんはそうじゃねーんだよ。 「できるかどうかは、お前から話を聞いてからオレらが考える」 「そんな……」  ハディルドの口元に添えられた手が小さく震えている。  そんだけ動揺してるってことは、オレの話が響いてるって事だろ?  本当はお前らだって、どうにかしたいと思ってんだろ?  ……なあ、オレに手を貸してくれよ……。 「あのな、まだあそこで生きてる奴らがいっぱいいるんだよ。生まれたばっかの子どもだって大勢いる。分かるだろ? オレらは4800年頃の聖女で、昔の事はわかんねー事だらけなんだ。だから話を聞かせてほしい。その代わりにオレらが向こうに行って、お前らの守りたかったもんも助けたかった奴も、できる限り助けてくるから」  オレは兄貴みたいに『全部』なんて覚悟の決まった言葉は言えねーけどさ。  オレらで『できる限り』の事はしてきてやるよ。  お前はここで嫁と娘を守りたいんだろ?  それを邪魔するつもりはねーからさ。  ハディルドは大きく目を見開いて、オレをじっと見た。  瞬きもしないままオレを凝視する黒っぽい瞳に、困惑とか悲しみとか、怒りとか焦燥とか、不安とか絶望とか、そんなものが交互に入り混じる様を黙って見守る。  大分揺れてんな。  オレらを信じてみたいと少しでも思ってくれてんなら、もうちょい押してみるか。  要は、オレ達にそれなりの力があるって思わせることができればいーんだよな。  誰だって、自分より弱い奴には素直に頼れねーだろ。  オレは斜めにかけていた自分の鞄から変身コンパクトとレポート用紙の束を取り出して、ハディルドに渡した。 「これでオレらは向こうで安全に動ける」 「これは……」  ハディルドはレポートをパラパラと捲って、コンパクトと交互に見比べる。 「すごい……」と息を呑む様子に、オレは内心笑んだ。  オレのセリクの、頑張りの賜物だからな。  あと先輩もだけどな。  つーか、見せといてなんだが、よくそんな魔術陣だらけの図を見て内容が理解できんな。  セリクが尊敬する魔法技師だっつーから見せてみたけど、これもうちょい相手のレベルが低かったら通用しねー手だな。 「既にゲートの条件はこっち側だけ解除してある。現に今兄貴は向こうに行ってるしな」  オレの言葉に、ハディルドはレポートから目を離さないまま、呟くように答える。 「ああ……こんなものが作れる者なら、ゲートの条件解除など容易いだろうな……」  いやまあ……実際は、解除にちょいミスって吹っ飛ばされて、危うく死ぬとこだったけどな。  そこは黙っておこう。  父さんが騒いだせいってのも多大にあるしな。  セリクのような頭脳担当とディアのような肉体担当が揃ってるってのが、チームとして優れてるって事で、ここはひとつ総合評価で頼む。  兄ちゃんが今向こうにいるのも単なる事故だが、この際そこも置いておいてくれ。  オレはハディルドがレポートから顔を上げたのを見て、もう一度尋ねる。 「オレに当時の話を聞かせてもらえねーか?」 「……分かった」  答えて、ハディルドはコンパクトとレポートをオレに返した。  オレの目をチラと見たハディルドの、諦念に僅かな希望が入り混じったような苦笑からは、彼の苦しみのほんの一部が見えたような気がした。  ま、あんま期待はされてなさそうだけどな。そんくらいでちょーどいいか。 「面白い話ではないが、私の知る限りの事を話そう」  真偽魔法が真なる青色を返す。  オレは内心でガッツポーズを決めつつ「ありがとう。助かる」と精一杯大人の対応をした。 「家に呼んでも構わないか?」  ハディルドの意外な言葉に思わず眉が上がる。 「へぇ……? それって、オレらを信じてくれたって事か?」  ワザとからかうような口調で尋ねれば、ハディルドは「多少はな」と青い色と共に答えた。  オレはクククと笑いを零しつつ真偽魔法を解いて言う。 「急な上に手ぶらで邪魔して悪ぃな」 「おや、君は意外に殊勝な事を言うんだね」 「なんならそこのコンビニでなんか買ってくぞ?」 「気持ちだけもらっておこう。妻の悪阻が重いので、家に持ち込めるものが限られてるんだ」  そういや兄ちゃんがそんな事言ってたな。 「移動するぞ」とセリクの方を見れば、周囲をグルリと砂のご馳走に囲まれてオロオロしていた。  おい、何困ってんだよ、可愛いな。  それは食ったフリして崩しゃいーんだよ。  ハディルドも気付いて「父さんにもご馳走してもらえるかな?」と助け舟を出す。 「いいよー」と返事する実玖のご馳走を、オレも一緒に食ってやる。  セリクは砂の檻から解放されて、ようやくホッと息をついていた。  つーかこいつって、小さい子の相手とか今までやった事なかったんじゃねーか?  慣れねーことさせちまったな。 「セリク、ありがとな」  ポンと背を叩いてやれば、セリクは緊張を解いて少し疲れた顔で笑う。 「アオイこそ、お疲れ様」  つーか、今回交渉ができたのも話がまとまったのも、全部セリクのおかげだけどな。  今は言わねーけど、後でたっぷり褒めてやるからな。  オレは口端をニヤリと持ち上げて、目に眩しいセリクの淡い金髪を一度だけ軽く撫でた。

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