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夕方の呼び出し
部屋の扉がノックされたのは、アンナが運んできてくれた夕食を皆で食べようかと、手を合わせた時だった。
アンナが対応に出ると、それはやはり司祭の使いで、司祭が待っているのですぐに来いとの事だった。
まあ、一般的な夕食時間に比べると早い時間だからなぁ……。
俺達はリンが早朝から体を動かすのにつられて、ついつい早寝早起きな生活スタイルになってしまっていた。
クロイスもあれから教会勤務の日は欠かさず俺の部屋に来て、おはようとおやすみの挨拶をしてくれるし、それに合わせて部屋に戻ると自然と生活リズムが整っちゃうんだよね。
出勤と退勤に合わせて顔を出すクロイスは、まるで俺の部屋にタイムスタンプでも押しに来てるのかなと思うくらいにマメだと思う。
今から司祭のところに向かったら、クロイスとはすれ違っちゃうだろうな……。
「アンナ、夕飯は先に食べててね。クロイスには、せっかく来てくれたのにごめんねって伝えておいてくれる?」
「かしこまりました」
リンと部屋を出ようとすると、使いの者にやんわりと止められる。
部屋の外には司祭にいつもついている護衛の聖騎士が2人立っていた。
「護衛はこちらでご用意しておりますので、元聖女様お一人で結構ですよ」
うわぁ……。俺一人だけ呼び出してどんな話をする気なんだろう……。
俺の後ろでリンの気配がヒヤリと冷えるのを感じる。
俺はあくまで温和に微笑んで答えた。
「ありがとう。でも彼は俺の専属護衛だから離れられないんだ、一緒に行かせてもらうね」
使いの侍従らしき人は一瞬嫌そうな顔をしたけど、俺の後ろをチラと見た途端、顔色を変えた。
「で、ではこちらへどうぞ……」
青い顔をした侍従の案内に従って、俺達は進んだ。
侍従の持つランタンが小さく揺れているのは震えからだろうか。
こんなに怖がらせちゃうなんて、リンは一体どんな顔をしたんだろう……。
通されたのは、以前の司祭様が使われていた執務室だった。
懐かしさを覚えながら入った室内は、まるで違う部屋のようだった。
煌びやかな装飾品で飾り付けられた室内は、あの頃のシンプルながらもホッとするような温かな空気をどこにも残していない。
そこでようやく、教会は変わってしまったんだな……と実感した。
後ろで小さく息を呑む音がして、きっとリンも同じように感じたんだろうなと思う。
中央の机に座った司祭の男は俺を一瞥すると、俺を呼び出したことに対する言葉もなく、つらつらと文句を並べ始めた。
うん……。父さんがこっちに来てから約1か月か……。
よく持った方かもしれないなぁ……。
父はこっちに来て一週間過ぎた頃から、週に一度は大規模な修繕を必要とする規模の事故を起こしていた。
司祭の言い分はこうだ。
今までこんな事はなかった。
今年の聖女がおかしいのは、聖女の登場時からだ。
通常1人で出てくるはずの聖女が、俺という元聖女と共に出てきた。
つまり真にイレギュラーなのは聖女ではなく、俺という元聖女の存在である。
となると、この事態は元聖女のせいに違いない。
よって責任を取るべきは元聖女であるお前だ。という話らしい。
なるほど……。
この人はそういう人なんだなぁ。
「早急に対処していただかねば、こちらは相当な被害を被っているんですよ?」
「すみませんが、私にも父を御することはできません」
「できないでは済まされないのです。このままでは巡礼にも出られないではありませんか」
うーん。そう言われてもなぁ……。
「それでは……、司祭様は、巡礼で聖女としての務めを滞りなく果たすなら、父でなく私でも構いませんか?」
「……はい?」
司祭の男はポカンとした顔で俺をみている。
うんまあ……俺のこの見た目じゃ、そういう顔にもなるよね。
「父との話次第ではありますが、もし巡礼の間父を教会で預かっていてくださるなら、私が代わりに巡礼に向かうことができます」
「しかしその格好で、聖女というのは流石に……」
「幻術のようなものですが、私は以前の聖女の姿になる事ができます」
そこでようやく、司祭の目の色が変わった。
「……でしたら、まずはその姿を見せてください」
「では早速明日父と話をしてみますので、明日の午後以降で司祭様とお会いするお時間をいただけますか?」
「わかりました。難しいですが、何とか貴方の為に明日の夕方を空けましょう」
何だろう、その急な多忙アピール……。
いやまあ司祭は元々忙しい仕事だし、父が余計な仕事を増やしているのは事実だけど。
ああもしかして、今さらだけど、俺の方が言うこと聞くし使えるかもって思ってくれたのかな?
……あんまり嬉しくはないけど……。
「ありがとうございます」
俺はにこやかに微笑んで頭を下げるとリンと共に退室する。
部屋を出る間際、司祭が侍従に言った言葉が聞こえてしまった。
「あの元聖女の名は何という」という問いに侍従さんが資料を捲る音。
それを扉の向こうに聞きながら、俺はひとつ息を吐いて自分の部屋へと引き返す。
いや、ちょっと思ってたけどね。
この人ずっと『元聖女様』って俺を呼ぶけど、俺の名前知ってるのかな? って。
その会話はせめて、扉が全部閉まってからにしてほしかったなぁ。
「ケイト……」
リンの気遣うような声が、暗く静かな廊下に落ちる。
行きは侍従さんがランタンを持っていたけど、帰りの廊下はすっかり真っ暗だ。
こういう時は、せめてランタンだけでも渡してくれていいものだろうになぁ。
俺はライトの代わりにすっかり慣れた浄化を使う。
暗い廊下ではキラキラした真っ白な光はとても美しく見えた。
「ケイトの浄化は本当に……美しいな……」
うっとりと目を細めたリンの綺麗な顔を、白い光が淡く照らす。
「浄化ってそんな誰が使うかで違うかな?」
俺が思わず笑って尋ねると、リンは「もちろん」と答えた。
そうかなぁ?
咲希ちゃんのも爽真君のも七凪さんのも同じような気が……。
と、3人の浄化を思い返してみると、確かにちょっとだけ、それぞれに浄化の光が纏う雰囲気が違うような気もする……。
咲希ちゃんの浄化は俺のよりも何だか元気で溌剌としてるし、爽真君の浄化はもっと繊細な感じだし、七凪さんの浄化はちょっとくたびれていた気がするな……。
リンの言う違いは、こういう事なんだろうか?
まあ、効果としてはどれも一緒なんだけどね。
俺は2階に上がると、中庭をぐるりと囲む廊下を進みながらリンに尋ねた。
「リン、俺……、巡礼に行ってもいいかな?」
「ケイトの望むままに」
返事には一瞬の躊躇いもなかった。
俺はあまりに早い返事に苦笑しながら言う。
「ありがとう。でも、俺がもし間違った事をしそうな時は、リンに止めてほしいんだ」
リンは、今度こそしばらく迷った後に口を開く。
「それは……難しいな」
「難しいの?」
「ケイトの行う事はすべて正しいと、ケイトこそが全てにおいて正しいのだと、私には思えてしまうんだ」
俺は思わず足を止めてしまった。
「……それはちょっと、困るね……」
呟いて、何とか足を動かす俺に、リンは「だろう?」と苦笑混じりに答える。
「いや、そこは開き直らないでほしいんだけど……」
「そうだな……善処する」
振り返ってチラと見たリンはやたらと清々しい顔をしていたので、これは期待薄だなと思う。
うーん……。
今のフロウリアには、父さんに母さんというブレーキが不在なように、俺にもブレーキとなる人が居ないようだ。
これは自分自身でしっかり考えて、暴走しないようにしないとなぁ。
俺は月の無いフロウリアの夜空を見上げて、できる限りの自重を心がけた。
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