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おれはカディーだ

 教会に辿り着いたカラサディオは、出迎えに出てきた司祭を笑顔でしっかり掴まえると、そのまま司祭の執務室へ押しかけた。  カラサディオの後ろには燻銀の近衛騎士ダリスガンドもいつものようにピッタリと付いて来ている。  城を出て、馬車に揺られ続けること3週間。  街や村に泊まれない場所ではテントで寝るしかなかった。  そんな苦労をしてようやく教会に辿り着いたというのに、聖女はもうあと2週間で巡礼に出るという。  初対面の女性を、しかも完璧に落とさねばならないのに、流石に2週間というのは無理があるだろう。  独自に探らせたところ、この司祭は金で簡単に釣れるらしい。  聖女を守るべき教会の最高責任者がそれでいいのかとは思うが、釣れるものは釣らせてもらおう。  カラサディオは人払いをさせると、用意していたずっしりと重い袋を取り出した。  司祭は実にあっけなく買収され、カラサディオはダリスガンドの生家であるロウフォード伯爵家と身分を偽ったまま無事巡礼への同行を許された。  ここまできた馬車には王家の紋章の入っていないものを選んでいる。  護衛兵もダリスガンドを除けば全員私兵だけだし、ダリスガンドにも近衛騎士の甲冑ではなく私物の黒い甲冑を着せている。  まあこの鎧は普段から着せているわけだが、よほど城の内部に詳しい者でなければ気づかないだろう。  問題があるとしたら、私自身の髪色が若干珍しい事だが……。  まあ、これも兄の色に比べればそこまで目立つ色でもないだろう。  私は教会に滞在するための部屋に案内され、ようやく一息つく。  部屋には私とダリスガンドと連れてきた侍女だけだ。  元聖女用の一番広い部屋だというそこは、城に比べれば本当に狭い場所ではあったが、侍従の寝室も1つあった。ここの反対角も同じ作りなのだと言っていたが、そちらはすでに埋まっているらしい。  それにしても、まさか聖女を落とせと言われる日が来るとは思わなかったな。  遥か昔から、教会が守り続けていた聖女。  意図的に王族から切り離されていたそれに、今更手を出そうなんて……。  聖女を擁する教会は、聖女の持つ特殊性と絶大な影響力から、王族や政治とは分離した存在である事を義務付けられている。  監査機関を担うのは、これまた王政との不干渉を貫いている魔法研究所だ。  教会のすぐ隣にある魔法研究所に見つかった日には、教会も王族もかなり絞られるだろうに……。  王族としての接触がタブーなら色仕掛けで、なんて、我が兄ながらどんな無茶振りかと思いもしたが、兄の調べによると近頃は第三王妃や宰相までもが密かに教会と繋がりはじめているとかで、兄としても内部に潜り込ませる者が必要だったようだ。  内容が内容なだけに誰にでもは任せられなかったんだろう。その点私は兄からの信頼も厚い。  第二王子という立場上、私は幼い頃より兄の予備として共に厳しい教育を受けてきた。  ともすれば兄にとって目の上のたんこぶともなりうる状況下で、兄に敵と見做されないため、ひたすらに『王位になど興味がない』『兄上の補佐こそが自分の望む生き方である』とアピールし続けた結果、今の信頼を勝ち得ている。  実際面倒なばかりの王位には微塵も興味がなかったし、女性達と浮き名を流しまくったのもダメ王子アピールの一環ではあるが、私の本来の気質として美しい女性を見ると口説かずにはいられないのだ。  なので、今回の任務も厄介ではあるが、楽しみでないと言えば嘘になる。  聖女がどんなものかは分からないが、若い女性であることは間違いない。  年頃の女性をたったひとり振り向かせるだけなら、2週間でも造作ないだろう。  しかし今回は振り向かせるだけでは足りないのだ。  教会の司祭ではなく、私の言う事だけを聞くようにさせなくてはならない。  そのためにはじっくりと時間をかけて、彼女に優しく振る舞い、甘い言葉をかけ、私に心底惚れさせる必要がある……。 「カラサディオ様、お顔が緩んでいます」  声をかけられてそちらを見ると、ダリスガンドが相変わらずの仏頂面で私を見下ろしていた。 「それはいけないな、私の美しい顔は常に引き締まっていなければフロウリア中の女性が悲しんでしまう」 「……そうですね」  まるで心の籠っていないダリスガンドの同意を聞き流し、眉間を撫でつつ私は口を開いた。 「カラサディオの名はここでは使えないな。サディオ……いや、カディーと呼んでもらおうか」 「かしこまりました、カディー様」 「それに『私』と言うのも良くないか? 貴族社会では当然だが、聞けば聖女は別の世界では市井の者らしいじゃないか。ここは男らしくおれと言うべきか……」 「はあ……」  ダリスガンドが仕方なさそうに相槌を打つ。 「おれはカディーだ」  口に出してみる。  うん、なかなかいいな。 「どうだ、おれは」 「……言い慣れない感があります」  ダリスガンドは変わらない表情で目だけを半分にしてそう言った。  失礼な。そこまでたどたどしくはないだろう。  1つ年下のダリスガンドは、彼の父が私の父の専属護衛を務めていることもあり、幼い頃からよく城で共に遊んでいた幼馴染である。  学生の間もずっと私の護衛代わりに側に付いており、そのまま私の専属護衛となったため互いに距離が近く、私に対してあまり遠慮がない。  私はおもむろに立ち上がる。  旅の疲れはあったが、遠路はるばるようやく教会まで辿り着いたのだから、噂の聖女とやらを一目見ておかなくてはな。  まずは相手をよく知らなければ、対策の立てようもないのだから。 「ダリス、出るぞ。リサは荷解きを進めておけ」 「はっ」「かしこまりました」  さて、私に落とされる聖女は一体どのような女性なのか。  兄の話によると、赤髪でミノルという名らしい。  顔立ちや性格はどうなのか。 「カディー様、お顔が緩みかけています」 「分かっている、今引き締めるところだ」  なるべく私の好みであるようにと祈りつつ、私は部屋を出た。  ***  あと2週間で巡礼という事で、俺は午後から出立式の衣装打ち合わせに出席していた。  衣装部の人の中には、幼い頃に蒼の式典衣装を見て、その姿に憧れて衣装部に入ったという人がいたりして、俺がスマホで聖女姿の蒼の写真や動画を見せると大いに盛り上がった。 「衣装部の皆さんにはアオイ様のファンが多いですねー」  帰りの廊下で、アンナがまだ興奮気味に言う。  俺もつられてさっきの熱気を思い返す。 「ふふ、あんなに喜んでもらえるとは思わなかったね。でも本当に蒼の2年目の衣装とかすごいクオリティ高いんだよなぁ」 「ケイト様のお衣装も、きっと素晴らしい出来になりますね!」 「そうだね、皆にあんなに気合い入れてもらったら、俺も綺麗に着て上手に歩かなきゃって思うよ」 「ケイト様なら大丈夫ですよ!」  アンナの励ましに、後ろでリンが大きく頷いている気配がする。  チラと後ろを振り返ると、目が合ったリンが優しく微笑んでくれた。  うっ。カッコイイなぁ……っ!!  うっとりとリンの微笑みに見惚れていると、ふ、とリンが俺から視線を外す。  その表情は少し険しい。  なんだろう、とリンの視線を辿ると、教会の門のあたりに人が集まっていた。  自然と俺の顔も険しくなる。  最近人だかりに良いイメージがないんだよなぁ……。  大概その中心には知った顔がいるから……。 「行ってみようか」  俺の言葉に2人が「はい」と返事をして、俺達は足早にそちらに向かう。  そこには見慣れない甲冑を着た集団と、やはり父の姿があった。 「……父さん……何してるの……」 「おお、圭斗か。紹介しよう、こちらはこれから約1年私の指揮下に入る私兵の皆さんだ」  ……は? 「こちらが助手となる研究員の方々で、こちらは森で斥候を務めてくれる狩人の方だ」  父が次々と説明するのに合わせて、該当の人達がペコリと頭を下げる。  俺もつられてその顔と様子を覚えながら会釈を返すが、待って父さん、どういう事なの!?  ちなみに今の父の姿は赤髪の聖女の姿ではなく見慣れた父のひょろっとした探検服姿だ。ただし、髪色と目の色だけは明るい茶色だ。  シルヴィンの力を借りて、父には本来の姿に見えるような幻術をかけてある。  ただし黒髪黒眼はこちらの世界ではかなり珍しく、それだけで元聖女だと見なされやすいため、色を変えてくれていた。  父が言うには、ここから一番近い結界柱へ調査隊を組んでいるらしい。  一番近いって事は、教会の裏の森にある、あの結界柱か。  あそこなら既に俺が森ごとまとめて浄化し終えているから危なくはないだろうけど……。  毎年巡礼出立前に、司祭が付き添って練習がてら浄化するのがあの結界柱という事になっている。  話によればフロウリアで一番最初に立てられた結界柱らしい。  浄化の後、司祭の隙を見て結界柱に触れて心の中で声をかけてみたんだけど、残念ながら俺には何も聞こえなかったんだよな……。

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