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趣味と実益を兼ねた手助け

 ん? というか『父さんの調査隊』……って……。 「いや待って、どこからそのお金出てるの!? マリーから!?」  慌てる俺に、父は朗らかに笑う。 「ははは、そんなわけないだろう。自分の世話をして金を得ている者に金をせびる奴がどこにいるんだ」  うぐっ。  俺は資金の全てをロイスとリンに頼ってました、ごめんなさい……。  内心反省する俺の腕を取って、父は俺を建物の陰へと誘導する。 「圭斗、ちょっとこっちへ。マリー、皆さんに引き続き計画の説明を頼むよ」  マリーは父から紙束を手渡され「かしこまりました」と頷いて集まった人々の方へと進む。  マリーは相変わらず有能だなぁ……、侍女の業務の範疇はとっくに超えている気がするけど。  皆から十分距離をとった父は、俺に顔を寄せると耳元でこそこそと告げてくる。  え、調査協力してくれるパトロンって……、そんな人一体どこから連れてきたの?  え? 第三王妃派って何……?  王位争いとかそういうの、俺は関わりたくないんだけど……。 「第三王妃の子はまだ10歳の四男に8歳の三女だ。よっぽどの功がなければ焦った動きもできないだろうとは思っているところなんだがな」  じゃあ、そのよっぽどの功績への期待を父さんが背負ってるって事じゃないの?  それはそれで厄介な気がするんだけどなぁ……。 「今回の研究結果は宰相にも送ることになっている」  宰相!? 「俺、宰相さんなんて名前も聞いたことないんだけど……」 「シヴァール=ロル=ドミンコス公爵だな。王政初期からの歴史ある公爵家で、現在の政務のほぼ全てを取り仕切っている人だから、圭斗も覚えておくといい」  父はそう言って意味ありげに笑む。  えっ、なにその笑顔。俺もその人に関わる可能性があるって事……? 「まあどちらも、結界柱を増やしたいが必要な聖力を得られず、結界柱を増やせずにいる人達だ」 「……俺は、結界柱を増やしたくは、ないよ……?」 「私も犠牲の必要な柱は増やしたくないと思うよ。だからこそ、こうやって技術協力をしているわけだからね」 「え、その話、どこから……」  困惑を滲ませた俺の言葉に、父が片眉をあげる。 「ディアリンド君の話から推測して、カマをかけてみただけだ」 「ちょっ、父さんっっっ!?」  俺の声に、父は耳を押さえて眉を顰めた。 「圭斗はその姿でも大きな声が出るんだなぁ……」 「う。ごめんなさい……」  俺は慌てて父の耳に治癒魔法をかける。  痛そうな顔をしてたから……。 「いいさいいさ、子どもは元気な方がいい」  そういう問題なんだろうか。 「うん? それはまるで見た事のない治癒魔法だな……」 「父さんも治癒を覚えたの?」 「魔術陣は覚えてみたが、私には適性がないようでね、発動しなかったよ」  父は残念そうに苦笑してみせる。  助手の中に治癒の使える人がいるらしいので、俺は後でセリクのオリジナル治癒魔法を教える約束をする。  セリクに黙って教えてしまう事に申し訳なさはあったけど、セリクはこれを独占する気がないようだったし。  ……父さん達は魔物が出るくらいの場所まで行くとか言ってるから……。 「圭斗はその子たちを助けたいんだろう?」 「うん……でも、助けられる状態かどうかも、まだ分からないんだけどね……」 「ふむ。父さんも、もし子どもが理不尽に捕えられているなら、助け出すのが大人の仕事だと思うよ」  子ども……そうか、聖女は全員10代だからか。 「父さんは俺に、危ないとかやめろとは言わないんだね」 「圭斗は18歳で成人年齢じゃないか。お前はもう、こちら側なのだろう?」  父さんは口端だけをくいと不敵に上げて言う。  背筋にヒヤリと冷たいものを感じた。  俺の行動の責任を取るのは、もう両親ではなく、俺なんだ。 「まあ父さんのやろうとしている事の方が、大概危ないことばかりだからねぇ。父さんにはそんな事を言う資格はないんだよ」  そんな物騒なことを言って、ハハハと爽やかに笑うのはやめてほしい。 「成人したところで圭斗が我が子でなくなることはないからね。私はお前の父として、私なりのやり方でお前を手助けしてやるつもりだよ。趣味と実益を兼ねてね」  ……趣味と実益を兼ねた手助け……?  結局それは、ただ父さんがやりたいだけでは? 「ははは、その通りだ」  俺の心の声は、すっかり漏れていたらしい。  父さんは目を細めて、楽しそうに笑う。  何というか、父さんの場慣れ感が半端ないんだけど……。  もしかして父さんって、今までにもこんな危ない事をしていたんだろうか。  俺達がのんびり学校生活を送っている間、ずっと……? 「父さん……、あんまり無茶しないでね……?」 「ああ、もちろん。私も和枝さんを悲しませるつもりはないからね」  そう言った父さんの顔は、今までで一番頼もしく見えた。 「私は圭斗達より早く、明後日にはこちらを発つ予定だ」 「えっ、そうなの!?」 「式典が近づくと宿代も高くなるらしいからね」 「なるほど……」  今年も聖女の姿を見に、地方から来てくれる人がいるんだなぁ……。 「圭斗の晴れ姿が見られないのは残念だが。ああ、ディアリンド君、写真を撮っておいてくれたまえ」 「はい」  ずっと俺の後ろで黙っていたリンがすぐに返事をする。  あれ? そう言えばアンナはどこに……?  よく見れば、アンナはマリーに捕まったらしく向こうの方で集まった人達に資料を配ったりと手伝いをさせられていた。 「では私もそろそろ戻るとしよう」  教会の門の方へと引き返す父、その後を俺は追いながら尋ねる。 「明後日はいつ頃発つの? 見送りに行くよ」 「早朝だから見送りは要らないよ、圭斗は気にせず寝ていなさい」 「リンがいつも朝早いから、俺達も朝は結構早いんだ」  そこへ、リンによく似た響きの声がかかった。 「失礼、こちらに聖女様がいらっしゃると聞いたのですが。ミノル様ですか?」 「ああすまないね、今は忙しいので話は後ほどで構わないかい? 名前を……」  後ろを振り返った父が不意に動きを止める。  一瞬遅れて振り返った俺も、その男の顔を見て思わず目を見開いた。  そこにはフードを被ったローブの男が立っていた。  後ろには護衛と思われる男がついている。  驚いたのは、その男の顔があまりにもリンに似ていたからだ。  なぜか、声をかけてきた男までもが驚いた顔をしている。 「ぇ……リンの親戚……?」  呟いてリンを見上げると「可能性は高いですね」と冷静に答えが返る。  背の高い男のローブからはらりと下がった三つ編みは真っ赤で、ところどころに青が混ざっている。  これって……。 「もしかして、第二王子様……?」  俺の小さな呟きに男はハッと我に返った様子で、切れ長の美しい瞳を細めると、長い指を口の前で立ててパチンとウインクをした。  うっっっ。リンに似た顔でそんなかっこいい仕草とかっっっっっ!!  えっと、内緒にしてほしいってことかな。  えっ、じゃあこの人は本当に王子様……!?  何でいきなりこんなところに!?  今この人教会の方から出てこなかった!?  混乱する頭とは別に、イケメンのウインクにやられた顔がみるみる熱くなっていく。  俺は慌てて頬を両手で包んだ。 「貴方が……ミノル様なのですか? こちらの彼女ではなく?」  えっ、あっ、そうだ。  この人が王子様なんだとしたら、ミノルだと名乗らないといけないのは俺だ。  俺は父さんと視線を交わす。  父さんの様子からして、この人は父さんの知り合いではない。 「ああいや、失礼。聖女のミノル様は彼女だ。会話の途中で申し訳ないが私はこれで失礼するよ」  面倒な気配を察した父が素早くこの場を離れるのを横目に、残された俺は『聖女のミノル』という求められた役に入るため頭を切り替える。  柔らかな笑みを浮かべ、姿勢を正し、彼に向かって優雅にカーテシーを披露する。 「お初にお目にかかります。今年聖女を務めさせていただきますミノルと申します」  えーと……、第二王子のお名前はなんて言ったっけ。  あの時エミーが教えてくれたけど、まさかこんな急に会うとは思ってなかったし全然覚えてない。  リンはいつの間にやら俺の後ろにピシっと控え直している。  リンと同じほどの歳に見える目の前の男は、俺の挨拶を見てどこかホッとした様子で微笑んだ。 「ああ、お美しい……。薔薇の花すら霞んでしまうほどに鮮やかな赤い髪ですね」  この人は聖女の名前と髪色を聞いていたから、俺の髪が真っ赤に見えてるんだな。  それにしてもリンによく似た顔でそんなに優雅に微笑まれてしまうと、どうしても心臓がドキドキしてしまう……。 「あ……ありがとうございます……」  うう、顔がまた赤く……。 「私の……いえ、おれの名はカディーとお呼びください」 「カディー様……」  それはつまり、ここへは身分を隠して来ている、というアピールかな。 「もしよろしければ、聖女様との時間を賜る栄誉をいただきたいのですが……。貴女という可憐な花をおれの元にご招待しても……?」  この人には教会に部屋があるのか?  そういえば元聖女部屋の反対角に貴族の方がしばらく泊まるとかいう話を聞いたな、カディーがそうなのか。  打ち合わせに行った時にはまだ誰もいなかったはずだし、来たばかりなのだろう。 「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいのですが、お二方はまだこちらに着いたばかりでお疲れでしょう? お話はまたの機会に日を改めて……」  俺の言葉にカディーは目を丸くした。  なんか俺、驚くようなこと言ったっけ?  急な誘いはマナー違反だってリンも言ってたし、こういう場合はこういう返事でいいはずだろ?  俺はリンをチラリと見る。リンは視線で大丈夫だと言ってくれた。  俺達は差し障りなく挨拶を交わして別れる。  カディーは部屋の方に戻る様子だったので、俺はアンナを回収がてら父さんの方にしばらく残ることにした。  まあ、できれば目的の分からない人と話すなら人目のある屋外にしたいところだけどね。  カディーの話っていうのはおそらく他人の耳に入れられない話なんだろうから、部屋に出向くかこちらに呼ぶかしかないんだろうなぁ……。  うーん。巡礼まであと2週間だし部屋はこのままでと思っていたけれど、父さんが部屋を出たら聖女部屋を使わせてもらうべきかなぁ。  聖女のミノルだと名乗ってしまった以上、俺が元聖女部屋に出入りするのは問題だろうし……。  何だって司祭は同じ廊下の端と端に部屋を用意したんだよ。  いや、あの人のことだ、そんな事は考えてないか。  むしろ司祭はこの人が王子だという事を知らされてないんじゃないか?  流石にあの司祭でも、王族と知ってたら教会になんか泊めたりしないよな。  しかしこの状況はどうしたらいいんだ。  司祭に相談しても悪化しそうなのでそこは外すとして……。  そこで、俺はアンナや教会の皆が頼りにしているという片眼鏡の男、ケヴィンスさんの元を訪ねることにした。  ちなみに父さんは「直接弟を寄越すとは流石第一王子、噂通りの大胆さだな。機を逃さない行動の早さも評価できる。あの男が私の力を本気で狙っているのだとしたら、巡礼にもついてくるんじゃないか?」なんて楽しそうに笑っていた。  そんなまさか……。  危険な巡礼に第二王子を同行させるなんて、流石にありえないよ。  そう思っていた俺は、教会中を歩き回ってようやくつかまえたケヴィンスさんの話を聞いてガックリと肩を落とした。

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