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帰る場所

 ケヴィンスさんに尋ねたところ、父の予想通り、カディーは巡礼についてくるのだと言う。  ケヴィンスさんは俺が話をしたいと言うと、懺悔室に通して下さった。  中の仕切りを畳むと意外と広くて、大人4人が入ることができた。  ここは元々遮音の魔道具が備えられているため、外に内部の音が漏れないらしい。  外からはモザイクガラス越しに中の様子が何となくぼんやり見えるようになっていて、なるほどこれは防犯対策なのかなと思ったりした。  カディーと話す時にもここを使わせてもらおうかな。  ケヴィンスさんは、懺悔室は空いている時間は自由に使える旨と、予約もできると教えてくださった。 「実は私も、ケイト様とは一度お話をしたかったのです」  ケヴィンスさんは元々教会の孤児院育ちで、幼い頃に男の姿の俺と接した事があったらしい。  10歳になる頃には元司祭様の手伝いを始めて、それからずっと教会のために働き続けていたそうだ。 「ケイト様はもう覚えていらっしゃらないでしょうが……、ずっと昔、裏門のところで私が手を引いていた女の子が転んでしまって、手と膝を酷く擦りむいて泣き止まなくて……」 「ああ、覚えているよ。俺が治癒をかけた子だよね。確かマーシャちゃんとかそんな名前だったかな……?」  蒼の2年目の頃だし、俺にとってはひと月も前のことじゃないからね。 「あの時の男の子には名前を聞きそびれていたけれど、こんなに立派に成長していたんだね」  俺は何だか嬉しくて目を細める。 「覚えて……いらっしゃるのですか……」  俺の言葉にケヴィンスさんは心底驚いた顔をした。  と、その拍子に片眼鏡がポロリとこぼれ落ちた。  俺は思わずそれを受け止める。  うっかりレンズに触れたので、指紋がついちゃったかなと浄化をかけてから返す。  片眼鏡って目を見開くと取れちゃうのか。  もしかして、この人がいつもしかめっ面なのはそのせい……? 「あ、ありがとうございます……」  ケヴィンスさんは片眼鏡をやたらと丁寧に受け取った。  いや、浄化かけただけだから、そんなありがたい物になったわけじゃないからね? 「モンドベル様はよく仰っていました、ケイト様は全ての聖女の鑑となる方だと。ケイト様はフロウリアを愛してくださっているから、また遠い未来にこちらにお帰りくださることがあれば、よく尽くすようにと……。それなのに、私は……」  ケヴィンスさんが悔しげに眉を寄せて俯く。  モンドベル様は俺と蒼の知るあの頃の司祭様の名だ。  ああ……、彼は俺がこちらに来てからずっと悔やんでいたんだろうか。  もっと早く、彼と話をすればよかったな……。 「大丈夫だよ。俺は教会の人達に十分良くしてもらってるから」  そう言って、俺は彼の震えそうな肩を撫でる。  彼の肩は震えてはいなかったけれど、薄く骨ばっていて、ひやりと冷たかった。  思い出した。  あの時も、彼はこんな顔をしていた。  まだ彼自身も5歳かそこらだったのに、彼は自分が守るべきだった3歳ほどの女の子を守りきれなかった事を悔やんでいたんだ。  あの頃から、ストイックで心の強い、優しい人だったんだなぁ。 「こんなに時が経っても、教会の皆が変わらず俺に優しくしてくれるのは、ケヴィンスさんが皆を守ってくれてたからだね。本当にありがとう」  あんまり一人で背負い込んで、思い詰めないでくれるといいんだけど……。  アンナが心配する理由が、今更ながらわかってきた気がする。  彼の顔をよく覗き込んでみると、目の下には隈が積み重なっている。  疲れが溜まってるみたいだな。  あの司祭の元で仕事を続けてるんだから、当然かもしれないけど……。 「そんな……恐れ多いお言葉です……。私にできることは、本当に、僅かで……」 「そんな事ないよ、教会の皆がケヴィンスさんの事を頼りにしてるって、俺も皆からたくさん聞いたよ。そんなケヴィンスさんに疲れの取れる魔法をかけてもいいかな?」  にっこり微笑んで尋ねると、ケヴィンスさんは恐縮しながらも恐る恐る許してくれた。  俺は両手を彼にかざすと、セリク直伝の疲労回復スペシャルをかける。  彼は身体が羽根のように軽くなったと喜んでくれた。  ……一体どれほどの疲労がたまってたんだろう……。  カディーの事については、既に受け入れてしまった以上、教会側はあくまで王族とは気づかないままの対応を貫くとの事なので、俺もその方向で接することにした。  部屋に関しては、今夜司祭がカディーを夕食に誘うつもりらしいので、その隙に教会中の侍従と侍女と聖騎士を総動員して、俺の部屋と父の部屋を入れ替えることになった。  ……早速面倒なお仕事を増やしてしまってごめんなさい……。  聖球に関しては、各地の結界柱に近い魔物の出現が多い地域に寄付しているらしいが、実際の取引相手……輸送業者とは司祭が直接やり取りしており、ケヴィンスさんの手元には寄付先の情報しか残っていないらしい。  寄付先の情報だけでも貰えないかとお願いしてみると、意外とあっさり了承してくれた。  巡礼の時に寄れそうな場所があれば、寄って話を聞いてみよう。 「では、私はすぐに引っ越しの準備をしてまいります」  そう言って俺達に礼をすると、ケヴィンスさんは颯爽と去って行った。 「ケヴィンス様……、なんだか若返ったみたいでしたね」  アンナはそう言って嬉しそうに微笑む。 「それは良かったけど……、彼の仕事をいっぱい増やしちゃって申し訳ないな……」 「ふふ、大丈夫ですよ、ケヴィンス様いつでもお忙しい方ですから」  いや、だからこそ申し訳ないんだけどね……??  俺はなんだか機嫌の良いアンナに首を傾げつつ、聖女専用区域の方へと向かった。  ひとまず俺達は引っ越し完了までここで待機することになったからだ。  すぐに使う聖球用の水晶や鞄を取りに向かったアンナが、エヴァンを連れて帰ってくる。 「途中でエヴァン様とばったりお会いしたので、手伝っていただきました」  急に余計な仕事を増やされたはずのエヴァンは、それでもニコニコと明るい笑顔で入ってきた。 「ケイト様のお荷物を運べるなんて、光栄ですっ!」 「ありがとうエヴァン、助かったよ」  微笑んで礼を告げるとエヴァンはうっとりと俺を見つめた。 「はぁぁぁぁ、やっぱり聖女姿のケイト様は最高に可愛くて綺麗ですねっ」 「そ、そうかな……? あはは、ありがとうね……?」  この姿になってからというもの、エヴァンはずっとこの調子だ。  エヴァンのおかげで鞄だけでなく木箱一杯分の本や書類も手元に届いたので、夜の引っ越しまで、十分ここに引きこもれそうだな。  ちなみに父さんはまだ帰ってきていない。  私兵の皆さんの宿の方へ出向いて、色々話をしているそうだ。  付添いの護衛騎士の皆さんも大変だなぁ。  そんな風に思っていたら、シヴァルが帰ってきた。  今年の聖女付きの護衛騎士であるシヴァルは、王子対策として取り急ぎ今日から俺に付くことになったらしい。 「バタバタさせちゃってごめんね。これからよろしくお願いします」 「いえ、ケイト様にはご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ありません。……ケイト様の御身は、私が必ずお守りいたします」  誠実に騎士の礼を俺に捧げてくれるシヴァルの横から、エヴァンが揶揄う。 「おー? シヴァルにしちゃ珍しく、よーく喋ってんなー」 「……兄さん……」  シヴァルの銀青色の瞳が嫌そうにエヴァンを見る。  シヴァルの方が落ち着いて見えるけど、この二人はエヴァンの方がお兄さんなんだよね。 「しっかりケイト様をお守りするんだぞ」 「もちろん」 「俺はお前が安心して戻って来れるように、教会を守ってっからな」 「ん」  こくりと頷いたシヴァルの肩をポンと叩いて、エヴァンは満足そうに笑うと俺達に挨拶をして出て行った。  おお、なんだか珍しいお兄さんの顔をしたエヴァンを見てしまった。  教会にエヴァンやケヴィンスさんが居てくれるなら、安心して巡礼に行けるって気がするなぁ。  やっぱり、帰るべき場所を守っていてくれる人がいるって安心感が違う。  父さんも、母さんの待つ自宅をこんな風に頼もしく感じてるんだろうな……。  ザッと荷物を整理して、アンナが淹れてくれたお茶を飲んで一息ついた俺は、持ち込んだ荷物の中から空の水晶球を手に取る。  そこに声をかけてきたのはリンだった。 「ケイト様は彼を……どのように、お考えですか?」  静かな問いかけの言葉に、俺はリンを振り返る。 「彼って……?」  今日は色んな人と会ったし話したから、男性だけでは絞り切れない。  リンはほんの僅かに眉を寄せて、少しだけ低い声で言った。 「カディーと名乗った者です」

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