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好みの容姿

 教会の狭い部屋に戻ったカラサディオは、しかし明らかに上機嫌だった。  ダリスガンドは主人の浮かれぶりにうんざりしながら口を開いた。 「カディー様、お顔が緩みきっています」 「ふふふふふ、それもやむを得ないというものさ。ダリスも見ただろう、愛らしい彼女が私を見上げて瞳を潤ませ、頬を染めるあの可憐な姿を……っ」  ダメだ。すっかり舞い上がっている。  ミノル様はまさに主人の好みそのものと言ってもいいふんわりとした容姿をしていたからな。  大きな瞳におっとりした優しげな顔立ち、優雅な仕草と淑やかな話し方も、カラサディオの好みだろう。  私はため息を堪えて窓の外に視線を投げる。  これ以上主人のまぬけなにやけ顔を見ていたら、頭が痛くなりそうだ。  私には聖女の容姿よりももっと気になる点があったのだが、彼の目には入らなかったのだろうか?  まず聖女の護衛を務めていた男、護衛騎士の物とは違うあの甲冑は、紋章こそ消してあったがルクレイン家の物ではないか。  それにあの真っ青な髪。彼はどう見てもルクレインの血を濃く継ぐ者だろう。  何よりあの顔だ。  あんなにカラサディオそっくりの顔で、同じ年頃の者を、今まで我々が知らなかったというのはおかしい。  確か一度だけ聖女に『リン』と呼ばれていたが、公爵家に連なる者の名にしてはあまりに短い。  愛称か、それとも偽名か……。  そもそも、異世界からこちらに来て3か月も経たないはずの聖女が、カラサディオの顔を一目見ただけで第二王子だと見抜けるのが異常だろう。  おそらく事前にあの護衛から、自分と同じ顔をした王子がいるという話を聞いていたのだろう。  ともかく一度、あの護衛の身元を調べた方がいいな……。  それに……。  ダリスガンドは聖女の髪色をもう一度瞼に浮かべる。  カラサディオが「鮮やかな赤い髪」と言った聖女の髪。  確かに毛先こそ鮮やかな赤ではあったが、彼女の顔を包む淡いピンク色にカラサディオが言及しなかったのはなぜだ。  あのふんわりとしたピンク色こそ、カラサディオが好む色合いだったはずなのに。 「今回の任務は楽勝だな。ともすれば巡礼に付き合うまでもなく彼女は落ちるかもしれないぞ。あの表情はまさに恋する乙女だったではないか」  口元を緩ませてそう言うカラサディオに、まるで貴方こそが恋をしているようじゃないか、と、ダリスガンドは思いはしたが、口にすることはできなかった。  チラと視線を投げれば、カラサディオに長く仕えている侍女のリーサリース……我々がリサと呼ぶ彼女も、これはダメだという顔をしている。  果たして我々は、カラサディオが言うように、危険と言われる巡礼に向かうことなく勝利を手にすることができるのだろうか……?  尋ねるようにリサを見れば、リサは『多分無理です』という顔で首を横に振った。  *** 「カディーを、どう考えるか?」  俺が確認すると、リンは静かに肯首した。 「うーん、警戒すべき相手だとは思うけど、あまり距離を取りすぎても不自然だろうからね。巡礼についてくるとなれば、食事を共にする機会もあるだろうし……。相手の狙いがハッキリするまではどうすることもできないかなぁ……」  俺が考えながら答えると、リンはさらに少し渋い顔になった。 「……どうしたの? 何か気になるところがあった?」 「いえ、その……」  リンが言い淀むなんて珍しいなぁ。何が気になったんだろう。 「あ、顔がそっくりだった事?」  俺が言うと、リンは驚いたように瞬いた。  え……? もしかして自覚なかった……?  俺はアンナに同意を求めたんだけど、残念ながらアンナは遠目からしか見ていないらしい。  父さんがいてくれれば絶対同意してくれたんだけどなぁ……。  父さんはまだ教会に帰って来ていない。  主人不在のままに、父さんの研究室……もとい聖女の部屋は、有能な侍女さんと侍従さん達の手によって着々と荷造りが進められていた。  おそらく今頃俺の使っていた部屋でも静かに荷造りが行われているのだろう。  司祭とカディーの夕食時に、素早く部屋の入れ替えを完了できるように……。  ケヴィンスさんありがとうございます。と俺は心の中でもう一度お礼を言う。  そこへ、クロイスがおぼつかない足取りでやって来た。 「ケイト様……、お忙しい中に申し訳ありません。ご挨拶を……させていただいてもよろしいですか?」  クロイスを含む若手のメンバーは、今日は巡礼に向けての強化訓練だったらしい。  クロイスは誰の目から見てもヘロヘロだった。 「わぁ、頑張ったんだねぇ……」  まだクロイスは最年少の15歳なんだもんなぁ。  あの頃のリンもこんなだったっけ?  ……いや、リンはあの頃から年齢以上に強かったよね。  ああそうか、リンは騎士団に入るよりもずっと前から貴族として剣を学んでいたのかな。 「クロイスちょっと入って、ここに座って。そのままじゃ帰るまでに転んじゃうよ」  俺はヘロヘロのクロイスの手を引いて椅子に腰掛けさせると、セリク直伝の疲労回復スペシャルをかける。  それに治癒も。  よく見れば、体中のあちこちに擦り傷やアザがあったから。  こんなになるまで、クロイスは訓練頑張ったんだね……。  クロイスが元気になりますように。ゆっくり休んで、明日も頑張れますように……。  心を込めて俺は癒す。 「終わったよ、どうかな?」  微笑んで尋ねると、クロイスは幸せそうな顔で俺を見つめて、とろりと瞬いた。 「天にも昇る心地です……」  いやそれ死んじゃうから、死んじゃってるから。 「どこも痛いところはないかな?」 「はい。ケイト様に治癒していただけるなんて夢のようです。お忙しい中本当にありがとうございました」  クロイスはそう言って立ち上がると丁寧に礼をする。  ああ、確かに部屋の中は慌ただしく荷物を作ったり出したりしているからね。  でも俺自身は聖球を作ろうとしてたくらいで、忙しくはないよ。  俺が笑って答えると、クロイスも「お引越しなさったら、明日からはケイト様が毎日こちらのお部屋にいらっしゃるんですね。嬉しいです」と花綻ぶように言った。  そっか、クロイスも時々聖女の部屋番になってるもんね。  その時にでも話してみようかな……。  結界柱の事を……。 「あ、そうだ、クロイスは今日来た貴族様の顔って見てない?」  ダメ元くらいの気持ちで尋ねた俺に、クロイスはハッと大きく一つ瞬いて「見ましたっ」と答える。 「ディアリンド様と瓜二つのお顔をされていて、驚きました!」  クロイスの言葉に、後ろでリンが息を呑む気配がした。 「お髪色が違いましたので別人だと気付きましたが、それがなければ見分けられませんでした」  うんうん、だよねぇ。  俺は大きく頷く。  クロイスが見ていてくれて助かったよ。 「本当にそっくりだったよね」 「はい、本当に同じお顔でした……」 「ご兄弟なのですか?」と尋ねるクロイスに、その話はまた今度するから今はまだ内緒にしていてねとお願いして、俺はクロイスの頭をたっぷり撫でて、おやすみの挨拶を交わした。  クロイスを見送って、それからリンを振り返る。  リンは自分の頬に手を当てて、窓ガラスに映る自分の姿を確認していた。  意外と自分では気づかないものなのかなぁ。  まあ確かに、鏡に映る自分と写真に写る自分って違うしなぁ。 「そんなに……似ているのですか……?」  リンの声に、俺は「うん、もうそっくり」と答える。 「では、ケイト様が彼に見惚れていたのは、私の顔に似ていたから、ですか……?」 「えっ!?」  俺は思いもよらない質問に、慌ててあたりを見回す。  途端、作業中の侍女と侍従達がササっと目を逸らした。護衛騎士達も同様だ。  そんな中でアンナが一人、興味津々といった顔でこちらを見つめている。  アンナ……。こういう時はせめて、よそを向こうね?  聞き耳は立ててくれてもいい……とは言えないけど……まあ仕方ないと思うことにするからさ……。 「えーと……」  見惚れてた……? 俺、見惚れてたかな……?  思い返すと、カディーが意味ありげに微笑んで、口元に指を立ててウインクをした瞬間が鮮やかに蘇ってしまった。  途端に顔が熱くなる。  いやだって……。  リンとそっくりのイケメンが、あんな……リンがしそうにない顔とポーズでキメてくるからさ……。  俺は真っ赤になっているであろう顔を両手で覆うと、俯いて答えた。 「……うん……」 「……」  しばらく待っても、リンの返事は返ってこない。  指の隙間からそうっとのぞいてみると、リンは何とも言えない複雑そうな顔をしていた。

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