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出立式という演目 (8巻 聖女としての巡礼)
今回の出立式のドレスで、衣装部の皆さんが最後まで悩みに悩んでいたのが色だ。
俺の髪は今、シルヴィンのかけてくれた幻術によって、見る人によって色が変わる仕様になっている。
赤に合わせるならこちらが、いやしかしピンクならこちらの方が……とかなり揉めていたのだが、結局は前情報なしで見る人が一番多いだろうという事で、ピンクから赤のグラデーションカラーに合わせて作られる事になった。
実際に衣装部の皆さんも7割の人がその色で見えている。
最終的に、仮縫いの衣装を着た上で、赤に見える人とピンクに見える人が、それぞれの髪色でも衣装の色やバランスがおかしくないよう調整をして、ようやく今回の衣装の色が決定した。
本当に、お手数おかけしてすみません……。
そんなわけで、澄み切った秋晴れの今日。
俺は、そんな苦労をかけた衣装部の皆さんが丹精込めて作り上げた、とんでもなく繊細なビーズ刺繍の入った美麗衣装に袖を通していた。
背中にはひらひらとはためく淡いピンクの羽まで生えている。
めちゃくちゃ綺麗だけど、これは……やっぱり、重い……っ。
この激重衣装を着るにあたって、俺は式典中に4箇所ある笑顔スポットのうちの2箇所で、演出っぽく見えるようにしつつ疲労回復魔法を自分にかける予定になっている。
「ケイトさ……じゃなくて、ミノル様、ご準備よろしいですか?」
式典の進行スタッフさんに尋ねられて俺は頷いた。
「いつでも行けます」
「では3カウントで出発お願いしますね」
そう言ったスタッフさんがポケットに入れている受信機代わりの石を握り締めて合図を待つ。
舞台の幕が上がる前と同じような気分だ。
ドキドキハラハラにワクワクが混じって、どうしようもなくソワソワしてしまう。
しばらく何とも言えない時間が続いた後で、合図を受けたスタッフさんが「いきます」と囁く。
スタッフさんの伸ばした腕の先で、3、2、1と指が示す。
最後に出たゴーサインと共に、俺はドレスの裾を踏まないよう、慎重に一歩を踏み出した。
二歩、三歩、四歩と進んだところで人々の視界に入り始めて、教会の全てを包むほどの歓声が湧き上がる。
数え切れないほどの人々の視線が、俺の全身に注がれる。
ああ、ありがたいな……。
皆わざわざ時間を割いて、ここまで足を運んで、俺を見に来てくれている。
俺は、侍女の皆が完璧に仕上げてくれた髪と身体で、衣装部の皆が全力で作ってくれた最高の衣装を着て、聖騎士の皆が守ってくれている教会で、護衛騎士の皆に見守られながら歩く。
ふふ、ダメだ。嬉しくてたまらないや。
笑顔スポットに辿り着く前に、自然と笑顔が溢れてしまうよ。
その上、俺が微笑むと観客の皆さんが喜んで声を上げてくれるので、俺はついついニコニコになってしまう。
初めての出立式でここに立った時は、巡礼へのプレッシャーや緊張、うまくできないかもしれない事への恐怖だとかで、もういっぱいいっぱいだったのに。
今日はこんなに、嬉しい気持ちで胸がいっぱいだ。
不安な事はいくつもあるのに、ゆったりと落ち着いていられるのはどうしてだろう。
もう5回目の巡礼で、うまくやれる自信があるから……?
それとも、今の俺には絶対に助けてくれると思える人がいるからだろうか。
俺は斜め前を歩くリンの後ろ姿を見つめる。
リンは今日、護衛騎士の甲冑を着て俺の前を歩いている。
驚くべき事に、リンはこの巡礼の間だけ臨時団員として護衛騎士の甲冑と立場を許されていた。
これはケヴィンスさんの根回しと、俺の味方をしてくれる護衛騎士の皆が揃って騎士団長さんに嘆願してくれたおかげだった。
リンは俺の視線に気付いたのか、顔を全部覆う兜の下で小さく微笑んだみたいだ。
式典では面を上げたり兜を脱いでも許されるんだけど、リンはルクレイン家に迷惑がかからないよう外ではなるべく兜を被っておくつもりらしい。
リンが側にいてくれる、そう思うだけで何も怖くない気がしてしまう。
俺は、ふわふわした気持ちに包まれたまま、最初の笑顔スポットに辿り着く。
今日見に来てくれた観客の皆さんにも、この嬉しい気持ちが届きますように。
俺の、心を込めたカーテシーと幸せいっぱいの笑顔に、会場が揺れる。
俺は教会の皆さんの期待に応えられているだろうか。
できることなら、舞台に立つ者の端くれとして、観客の皆さんには全力以上で応えたいし、期待以上の物をお見せしたい。
俺は、持てる全ての愛と笑顔を振りまいて、出立式を終えた。
***
旅立ちの為の準備をするべく部屋に向かっていた俺に、ものすごい勢いで駆け寄ってきたのはエヴァンだった。
「ケイト様ーっっ! めちゃくちゃ可憐でしたっっ天使でしたっっ!!」
あああ、エヴァン、声が大きいよ……。
俺の斜め前に立つシヴァルが注意する。
「兄さん、名前……」
「あっ、違った、ミノル様か!」
てへっと笑って誤魔化そうとするエヴァンには、俺も苦笑するしかない。
「聖騎士の中でもミノル様のファンクラブ作ろうって話が出てるみたいなんスけど、俺はやっぱケイト様のお名前で推したいんで、こっそりケイト様のファンクラブ作ってもいいっスかね?」
それ、俺に言う時点でこっそりじゃなくない?
「兄さん、聖女様はお忙しいんだ……」
シヴァルは半眼で言いながら手でシッシッと兄を追い払おうとしている。
「そういうのはやりたい人に任せるよ。俺は良いともダメとも言わない方向でね」
俺の言葉に、エヴァンは即座に言う。
「つまり、公認って言うのはダメだけど非公認って言わなくてもいいって感じですかね?」
エヴァンっていつもニコニコ元気で明るいけど、決して脳筋ではないし頭の回転も速いよね。
こういう部分は、エミーとシルヴィンの子って感じがするなぁ。
「うん、そういう事でよろしくね。周知が必要ならエヴァンの判断で頼むよ。じゃあ俺はもう行くから、慌ただしくてごめん」
「いえ、了解ですっ。門には聖騎士の皆でお見送り行きますねっ!」
そう言ってエヴァンはニコニコと見送ってくれた。
部屋に戻って、俺は疲労回復を自分にかける。
まだ今日はこれから巡礼で馬車移動だからな。
「疲れてる人には疲労回復かけるからいつでも言ってね」
護衛騎士さんたちも式典で疲れたと思うんだけど、手を挙げたのはアンナだけだった。
えーと、アンナは……もうちょっと疲れてからにしよっか?
まだ元気いっぱいなアンナに手伝ってもらって奥の部屋で着替えを済ませて、俺達は教会を後にした。
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