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俺とリンの仲

 東門の先に並ぶ馬車は2台。  前が聖女の馬車で、後ろがカディーの馬車だ。  東門までの道沿いには見送りに来てくれた教会の人達が大勢並んでいた。 「皆ありがとう、行ってくるね」  笑顔で手を振りながら俺達は馬車へと向かった。  馬車の近くに立っていたカディーが、俺に気づいてこちらへやって来る。 「先ほどの式典、おれも見せてもらいましたよ。ミノル様の気品と優しさに皆が触れることのできる大変素晴らしい式でした。妖精よりも妖精らしいミノル様のお姿には、訪れた全ての民が虜になっていたようです」  民という言い方に王族感を感じるけど大丈夫なのかな?  まあ貴族も大概そんな物なのか……?  俺は「ありがとうございます」と礼を告げて微笑む。  カディーは自然な仕草でスルリと俺の手を掬い上げると、手の甲に唇を寄せた。  うわ素早い、避けきれなかった……。  だって振り払うわけにもいかない相手だからなぁ……。  リンが嫌な気分になってないといいけど……。 「もちろん、このおれもですよ?」  ああ、彼も式典に感動したって言ってくれてるのか。  俺の手をしっかりキープしたままの彼が、唇を寄せたまま青紫色の瞳で俺を覗き込む。  うっ、顔がイイっ!!!  揺れる三つ編みの隣で、自信ありげな笑顔がキラーンって輝いてるよ!?  もうリンと同じような顔と声でそういうこと言うのやめてほんとに心臓に悪いから!! 「あ……ありがとう、ございます……」  ううう、顔が熱くなっちゃうよ……っ!! 「旅先ではぜひ、2人きりのお時間をいただきたいものですね」  俺はなんだかんだと出発まで慌ただしくしていて、いまだに彼と会話の機会を設けていなかった。 「ええ、そうですね」  俺は意図的にニッコリと笑顔で答える。  避けてるわけじゃないんだよ、という気持ちを込めて。  一応警戒はしてるけど、時間が取れなかったのは出立前が慌ただしかったからに他ならない。  俺としても、相手の意図は早めに探っておきたいし……。  まあ、父さんの見立てでは『あれは単に、顔の良さを生かしてあわよくば聖女の懐柔を目論んでるってとこじゃないか?』という事だったけど……。  顔の良さという点では、俺には致命的なんだよその顔はっっっ!!  本当にそうなら、ダメかもしれない……。  いや、そんな弱気なこと言ってられないけど……。  リンとは別人、リンとは別人、リンとは別人……。  いやわかってるんだけど、物理的に顔がイイんだって!! 「もしよろしければ、おれの馬車でご一緒しませんか?」 「お気持ちはありがたいのですが、大変申し訳ありません。私には定められた役目がありますので……」  丁寧に断って頭を下げると、カディーは「そうですか……、それでは仕方がありませんね……」と悲しそうな顔をする。  うう……その顔で悲しそうにしないでほしい……。 「すみません……。あの……カディー様のご安全を心よりお祈り申し上げております」  まだしばらく魔物が出るような区域には入らないけれど、俺は申し訳なさを埋め合わせるようにして、彼に聖女の加護を授けた。 「どうかお気をつけくださいね」  彼を案じる気持ちは嘘ではない。  なにしろ、2台目の馬車は狙われやすいからね。  元聖女狙いで攫ってみたら王子様だったなんて、攫った方も驚いちゃうだろうし……。  俺の気持ちが届いたのか、カディーは嬉しそうに微笑むと差し障りのない挨拶をして、後ろの馬車へ向かってくれた。  不意にこちらを振り返ったのはカディーではなくその後ろにいつもピタリと従う護衛の人だった。  彼の視線は俺をさらりと撫でてから俺の後ろのリンに注がれる。  何だろう……?  リンを振り返って、もう一度カディーの方を見ると、もう護衛の人は向こうを向いていた。  兜で顔を隠したままのリンは、俺に「では後ほど」と挨拶をする。  それと同時に、俺の手をとり指先に口づける仕草をした。  面を上げないままのリンの兜の口先が俺の指に触れる。  俺の手を取ったリンのグローブ越しに伝わる熱と、指先に触れた冷たい金属。  通気孔からリンの息が微かに俺の指にかかると、なぜかぞくりと背が震えた。  リンの顔が見たくて覗き込むと、兜の中からリンの深い青色がジッと俺を見つめ返す。  ああこれ、リンは嫉妬してるのか。  仕事中だし表に出す気はないんだろうけど、ちょっと漏れてるところが、たまらなく愛しく思えてしまう。  俺は背伸びをしてリンになるべく顔を近づけると、通気孔の中へ小さな声で囁いた。 「俺が好きなのはリンだけだよ」 「……っ」  リンが息を呑む。  返事の代わりに、青い瞳が俺を愛しげに見つめる。  よかった、少しは安心してもらえたかな?  俺もその瞳に微笑みを返す。  言葉にしたら、俺まで何だかホッとしてしまった。  もしかして、俺もいつの間にか不安になってたのかな……。 「聖女様」  シヴァルの声に馬車を見ると、クロイスとアンナも扉の横に並んで俺が乗るのを待っていた。  俺はシヴァルの手を取って「ありがとう」と微笑んで馬車に乗り込む。  続いてアンナとクロイスが乗り込み、シヴァルが乗ってドアを閉めた。  アンナはやっぱりクッションを用意していなかったけれど、そこは俺がちゃんと全員分持ってきたから大丈夫だ。  とはいえこのクッション自体はエミーが差し入れてくれたんだけどね。  騎士団長の大きな声で号令がかかって、少し後に馬車が動き始める。  窓から外を見ると、馬に乗るリンの姿が見えた。  あの馬はシヴァルの馬で、名前はシャリテっていったかな。  一見白馬っぽいけどたてがみは灰色で、芦毛の馬なのだと教えられた。  全体的に銀色っぽいところが、銀髪のシヴァルとお揃いなんだね。 「シヴァル、明日からは本当に馬でいいの? 馬車の方が楽じゃない?」  俺は斜め向かいのシヴァルに尋ねる。  シヴァルは大きな出発地以外ではリンにその席を譲ると言ってくれていた。 「ケイト様のお心が穏やかな方が、嬉しいです」  うっ。シヴァルが優しい……。 「ありがとう、すごく嬉しいよ……」  エヴァンとシヴァルはその親のエミーが俺達のことをよく知っているので、俺達が恋仲である事を知ってるんだけど、実はまだそれ以外のメンバーには話をしてないんだよね。  いや、勘の良い人達はもう空気感とかでわかってくれてるみたいなんだけど、クロイスが薄々って感じで、アンナは……わかっていてそうなのか、まるでわかっていないのかがよく分からない……。  クロイスは何か言いたげな顔で横のシヴァルを見上げたけど、そのまま黙って俯いてしまった。  性格的に大人しい子だし、こういう事はさらに聞きづらいんだろうな。  俺は一つ深呼吸をすると、この先多くの時間を共にする2人に、俺とリンとの仲を打ち明けた。 「やっぱり、そうだったんですね……」  というクロイスに対して、アンナはしっかり驚いた。 「えええっ、そうだったんですか!? それならそうと早くおっしゃってくださいっ。私ももっと気を利かせてお二人のお時間をご用意しましたのにっ!!」  そっかぁ。アンナは全く気づいてなかったかぁ……。 「この先はなるべくお二人が一緒の寝室になるようにしますねっ!」  グッと拳を作って宣言するアンナに、俺の目の前に座るクロイスが恥ずかしそうに縮こまる。  いやアンナさんアンナさん、15歳のクロイスが困ってるからね……?  俺も恥ずかしいので、あんまりそんなこと堂々と言わないでね……? 「アンナ嬢は、もっと周囲を見るべきだ」  シヴァルの言葉少なな忠告に、アンナは狭い車内でキョロキョロとしてから、あははと照れ笑う。 「クロイスにはちょっとまだ刺激が強かったですか? 私は大丈夫ですので、ケイト様はどうぞお気になさらずディアリンド様といっぱいイチャイ……むぐっ」  俺は、止まりそうにないアンナの言葉にその口を両手で塞いだ。 「ンンンンーっ」 「アンナの気持ちはありがたく受け取っとくけど、そういうのはここでする話じゃないんだよ」  俺は、言い聞かせてから手を離す。 「ぷはっ。……そうなんですか?」  キョトンと聞き返すアンナの様子に、俺はこの旅での目標をもう一つ増やす。  アンナが侍女らしい侍女となれるよう、積極的に教育しよう。  そこが良くないなって、心の中で思ってるだけじゃダメだ。  俺が言うことでもないし、なんて一線引いていた俺が間違いだった。  少なくともこの一年は俺がアンナの主人なんだから。  俺が言わなきゃ他に言う人なんていないじゃないか。  アンナの良さは良さとして、アンナは侍女なんだから。  侍女という仕事を続けていく限り、このままでいいわけがない。  できない所をそのままにしていて損をするのはアンナだ。  たとえ俺がそれで良くても、アンナのためにならない事はやめよう。  俺は考えを改めると、アンナになるべく分かりやすく説明する。  どういう場ではどういった発言までが許されるのか、気を使うべき点はどこなのか。  次第にクロイスまでもが真剣に俺の話を聞いて「ではこういう場合は……」と質問までしてくれて、アンナのためのTPO弁え講座は馬車が止まるまで続いた。

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