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クロイスにお願い

 町に着いた俺は、聖女として歓待を受けていた。  そうだったよ……今回は町長や貴族への挨拶回りも全部俺じゃないか……。  町に着いたからって全然ゆっくりする時間なんかなかったのに。  馬車の中で話しておくべきは侍女のための心構えについてじゃなかった。  結界柱についてクロイスに相談する方が先だったよ……。  内心でうっかりな自分を反省しながらも、俺は豪華な食事の前で終始つつがなく『聖女ミノル』の役を演じた。  夜中になってようやく解放された俺は、用意された部屋に戻ると手早く寝支度を済ませてベッドに倒れ込んだ。  体力は回復できるんだけど、もう精神的にヘトヘトだ……。  寝室にリンが入ってきて、珍しいなと思う。  多分アンナがグイグイと気を利かせてくれたんだろう。  その強引な姿を想像して、俺は小さく苦笑する。 「ケイト様……いや、ケイト……」  寝室には2人きりだったからか、リンは頑張って俺を呼び捨てようとしてくれた。  俺が喜ぶようにと気遣ってくれるリンの気持ちが嬉しい。  リンはベッドの脇に腰掛けると、うつ伏せたままの俺の頭をそっと撫でて、優しく労いの言葉をかけてくれる。 「ありがとう、リン……。明日もよろしくね……」  俺はリンの優しい声と大きな手にホッとしながら、明日からの浄化作業手順を頭の中で確認しているうちに、いつの間にか眠っていた。  ***  ハッと目を覚ますと朝だった。  寝室には俺1人だ。  壁際の従者用のベッドはもぬけの殻で、リンはいつもの早朝トレーニングのようだ。  どこで剣を振ってるのかな、なんて思いながら窓を開けて外を見下ろす。  そこにリンの姿はなかったけれど、見覚えのある銀色の髪が見えた。  俺の視線に顔を上げたシヴァルが小さく微笑む。 「おはようございます」  シヴァルの少し後ろを歩いていた緑髪の騎士さんは、確か最初にゲートのとこで俺の腕を掴んだ……えーと……、あの後マリーが名前を言ってたけど何て言ってたかな。  確かラ……から始まったような……。  緑髪の騎士さんは俺に気づくと無表情のままに「おはようございます」と頭を下げた。 「2人とも、おはよう」  名前を思い出せなかった俺は、2人にまとめて挨拶を返す。  そろそろ皆動き出す時間なのかな。  俺は窓を閉めてササっと着替えると、寝室を出る。  着替えはアンナがやりたがるんだけど、俺はなるべくなら自分で着替えたい。  式典の衣装とかは流石に一人じゃ無理なので我慢するけどさ……。  寝室の扉は、その両脇を夜番の騎士さん達にしっかり守られていた。 「おはよう。お仕事お疲れ様です」 「「おはようございます」」  夜番の騎士さん達がニコニコと返事を返してくれるのが、なんだか嬉しい。  ここからは見えないけど、夜番の騎士さん達はこの部屋からさらに廊下に出るところにも2人立ってくれてるんだよね。  そのおかげで、リンは安心してトレーニングに行けるんだろうな。  そこへ部屋番に来てくれたのはドルーグとクロイスだった。  夜番の騎士さん達が日中の騎士達と交代する。  俺は早速クロイスの側に向かった。 「おはようクロイス。昨日はよく眠れた?」 「おはようございますケイト様。ええと、はい、頑張って寝ました」  頑張って寝たんだ。そっか、クロイスらしいね。  寝ないと翌日に響くもんね。えらいえらい。と頭を撫でてから俺は尋ねる。 「ちょっと話があるんだけどいいかな?」  クロイスは不思議そうに瞬いてから「はい」と答えた。 「おはようございますケイト様。朝から何ですかぁ? 改まってクロイスに話なんて、こいつのことそんなに気に入ったんですかぁ?」  ドルーグが挨拶がてらに横から茶化してくるのを「うんうん、クロイスは可愛いからねぇ」と適当に流しつつ、俺はクロイスの手を引いて寝室に引っ込んだ。 「ぇ、ぇ?」  戸惑うクロイスに冗談を謝ってから、俺は本題に入る。 「勝手なお願いなんだけど、巡礼で結界柱を浄化したら、クロイスの感応力を使って結界柱に触れてみてほしいんだ」 「結界柱に……ですか……?」 「うん……。多分、クロイスには辛い思いをさせてしまうと思うんだけど……。クロイスの力を貸してもらってもいいかな……?」  俺の自分勝手なお願いに、クロイスは迷う様子もなくニコッと微笑んで答えた。 「はい、私でケイト様のお役に立てるのでしたら何でもおっしゃってください」 「ありがとう。……ごめんね」 「いいえ、頼っていただけてとても嬉しいです」  そのいたいけな微笑みに、出会った頃のセリクが重なる。  ああ、俺はまた年下の子に頼って、苦労をかけてばかりだなぁ……。 「クロイスの事は、俺が絶対守るからねっ」  俺が決意を固めてグッと拳を作って言えば、クロイスは不思議そうに首を傾げる。 「……聖女様をお守りするのが我々護衛騎士の務めですよ?」  それは確かに、そうだ。 「じゃあ俺はそんな騎士の皆を、聖力でサポートするからねっ」  俺が笑って言うと、クロイスも笑顔で「ありがとうございます」と答えてくれた。  ***  支度を済ませた俺達は、町に隣接する森を浄化した後、町からそう遠くない森へと向かった。  森が近づくほどに、周囲の空気が重く澱んでゆく。  思ってたより穢れが酷いな……。  俺は馬車の窓を開けると叫ぶ。 「皆さん一度止まってください! 加護をかけます!」  不思議な事に、俺の声はこんな小柄な体になっても大きく響く。  男の俺よりもグンと高い女性の声は、さらに遠くまでよく通った。  あ、そういえばカディーも来てたんだっけ。  聖女がこんな大声で叫ばないほうがよかったかな……?  俺は車内のリンに視線を向けて尋ねる。  シヴァルは昨日の約束通りリンにその席を譲ってくれていた。 「今のは聖女らしくなかったかな?」 「いいえ、お美しかったですよ」  ……どういう返事なのそれ。  聞く相手を間違えたか、と思ったものの、残るは俺の隣のアンナとその向かいのクロイスだけで、聖女らしさを問うにはどちらも経験不足だろう。  俺は聖女らしさについて考えるのを諦めて、止まった馬車から降りる。  クロイスが扉を開けた時には、外にはシヴァルが控えて手を差し出してくれていた。 「ありがとう」  手を取るついでに、シヴァルに加護をかける。  シヴァルが驚いた顔をしているけれど、俺はそのまま馬車を降りると隊列の先頭の方へと向かった。  モタモタしている暇はない。  加護をかけられるのは俺だけなんだから、全員に手早く確実にかけて回らないと。 「皆さん、2列に並んで待機してくださいね」  繰り返し声をかけながら先頭まで進み、団長さんに急な停止を許してくださった事への感謝を述べて、加護をかける。  そこからは2列になった騎士達の真ん中を小走りで馬車の方へと戻りながら、両手で左右の騎士達に同時に2人ずつ加護をかける。  加護はとてもシンプルな魔術陣だから、片手でも十分かけられるんだよね。  馬車のところまで戻ると、馬車から後ろの隊列へとクロイスが駆けて行く背中が見えた。  2列に並ぶよう声かけをしてくれてるみたいだ。 「クロイスに整列の伝令指示を出しました」  俺の後ろでリンが答える。 「ありがとう、助かるよ」  先頭に向かう俺についてきたリンの合流がちょっと遅かったのは、クロイスに声をかけてくれてたんだね。  俺は自分で最後尾まで往復して整列指示と加護をかけようと思っていたけれど、これならすぐに加護をかけながら後ろまで行けるね。  俺はここまでと同じように列の真ん中を進みながら左右の騎士達に加護をかける。  あ。その先はカディーの私兵さんたちか。  あれ、なんか揉めてる? 「クロイスどうしたの?」 「聖女様……」  クロイスが困った顔でこちらを振り返る。  すると、私兵の長らしき人が一歩前に出た。

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