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お留守番していてください

 私兵達の中で一人だけ長いマントを羽織った男が俺の前に立つ。 「ミノル様には申し訳ありませんが、この先は加護が必要なほどに穢れているのですか?」  俺は礼をしてから簡潔に答える。 「そのようです。この辺りではまだどうという事はありませんが、このまま進めば次第に胸が苦しくなってくるでしょう」  ざわりと私兵の皆さんに動揺が滲む。  話を聞いてみれば、この先が危険だというなら町に戻って待機したいとの事だった。  それなら最初から町にいたらいいのに……。  カディーが一緒に行きたいって言ったのかなぁ?  まあ私兵の皆さんは大事な王子様を守らないといけないもんね。  無理はしない方がいいよ。 「ええ、それが賢明でしょう。どうぞ皆様お気をつけてお戻りください」  答えて、俺は礼をしてから背を向ける。  無駄に時間をとっちゃったな、なんて思っていたら、後ろからリンによく似たカッコイイ声がかかった。 「ミノル様!」  振り返ると、馬車から降りたカディーが駆け寄ってくる。 「ミノル様が行かれるのでしたら、我々も向かいますっ!」  どよめいたのは私兵達だ。  あんまり無茶言わないであげようよ。  そもそもこの人達って、魔物と戦った事あるの……? 「いいえ、私はこれが役目ですので。どうかカディー様はご無理なさらず町でお待ちください」  カーテシーを残してもう一度背を向けようとする俺の手をカディーが掴もうとする。が、その前にリンが俺達の間に割り込んだ。  邪魔をされたカディーが、リンの顔を覆う兜を睨む。  俺は、2人が口を開く前に告げた。 「申し訳ありません。急いでおりますので」  そんな俺にカディーが言い縋る。 「ミノル様、どうか我々にも加護をいただけますか?」  カディーは本当についてくる気なのか……?  内心うんざりと、けれどもにこやかにカディーを見る。  どうしたものかと思う間に、カディーは後ろから来た護衛と侍女に2人がかりで叱られてしょんぼりと項垂れた。 「分かりました……では、我々はここで待っています」  ここ……? また中途半端な場所で……。  俺はなるべくにっこり微笑んで、今度こそ最後のつもりで礼をした。 「どうぞ道を塞いでしまうことのないよう、ご留意くださいね。それでは失礼いたします」  私のやんわりとした注意には、なぜか後ろの護衛と侍女が背筋を伸ばして返事をした。  ああもう、折角リンとクロイスが気を利かせてくれたのに、無駄に時間を食っちゃったじゃないか。  カディー達がいるからこの姿で走るわけにもいかないし……とちょこちょこした小走りで馬車へ急ぐ俺に、リンがそっと囁く。 「お抱えしても?」  ああ、その手があったか。 「うん、ありがとう」  嬉しい気持ちで応えると、リンが俺を軽々と横抱きにして走り出す。  途端に景色が勢いよく流れる。  わぁ、早いなぁ。  クロイスが慌てて走ってくるけど、どんどん引き離されている。  護衛騎士の皆さんも、何事かと目を丸くしている。  リンの腕の中はすごく安心できて、何だかちょっと楽しくなってきた。  チラと顔を上げると通気孔の向こうに緩やかに口角を上げたリンの唇が見えた。  リンも、さっきの嫌な気持ちを吹き飛ばして、楽しい気持ちになってくれたんだったら嬉しいな。  そう思う頃には、俺は馬車の扉の前にそっと下ろされていた。  俺が馬車に乗り込んで、リンも乗り終えたところで、クロイスが何とか戻ってきた。  ふらふらと乗り込んだクロイスに「ごめんね」と謝ると「だ、だいじょうぶれす……」とちょっと大丈夫じゃなさそうな返事が返ってきた。  ***  森に着く頃には、瘴気は誰の目にも見えるほどに濃くなっていた。  昨夜の町長さんの話ではこの森は半年近く閉鎖されてるって言ってたし、それなりに覚悟はしてきたつもりだったんだけど、予想以上だな……。 「聖女様は馬車でお待ちください」と御者さんに言われてしまったけど、俺は馬車からおりた。 「「「「聖女様!?」」」  シヴァルが外で俺を聖女様と呼ぶようになってから、つられるようにして騎士団の皆もそう呼ぶようになっていた。  どうやら本物の父を知る皆は、ミノル様と呼ぶ事に抵抗があるらしく、かといってケイト様とも呼べず……結果的にこうなったようだ。  慌てる騎士達に「大丈夫だよ」と笑顔を見せつつ、いくつかの班に分かれつつある騎士団の皆の間を通って、団長さんに同行を願い出る。 「聖女様……。この森は瘴気が濃く、かなり強い魔物が出る危険があります。馬車でお待ちください」 「俺が離れたところにいると、魔物にやられた人の治癒が遅れてしまうのが怖いんです。足手纏いにならないように気をつけるので、どうか俺も連れて行ってください」  迷惑そうな団長さんには申し訳ないけれど、俺はそう頼み込んで、彼の抜き身の剣に聖力付与をかけてみせる。 「これは……。聖力を剣に宿す事ができるのですか……!?」  暗い瘴気に包まれた森では聖力の白い光がより一層輝いて見える。  驚いたのは団長さんだけじゃなかったようで、周りの騎士も俺たちの側に集まってきてしまった。 「強い魔物には聖力の籠った攻撃しか効かないこともあるでしょう? 聖球で聖力を補うよりも付与の方が、素早く強力ですよ」 「聖女様……あなたは一体……」  え? いや、ただの聖女だけど……?  しかも今回は偽聖女に近いポジションだけど……? 「……わかりました。聖女様のお慈悲に心より感謝致します」  団長さんが膝をついて最敬礼を捧げてくれるものだから、周りの騎士さん達までが全員膝をついてしまう。 「わぁ、立って立って、あ。息が苦しい人はいませんかー? 加護は何回でもかけるので遠慮なく言ってくださいねー。魔物にやられた時も、かすり傷でもすぐ来てくださいねー」  俺は、注目を集めたついでに、全員に聞こえるよう大きな声で業務連絡をしておくことにした。 「浄化は一気にしないで3段階で進めますので、今日はちょっと長丁場になりますが、皆さん頑張って行きましょうーっ」 「おーっ」と俺が拳を振り上げると、皆「「「ぅおおおおおお!!」」」と予想以上の勢いでついてきてくれた。  正直こんなに盛り上がってくれるとは思わなかったけど、よかった。一人ぼっちでやらずに済んで。  団長さんが「聖女様に音頭まで取られてしまったな」と苦笑しているので「ごめんなさい」と謝る。  団長さんはパタパタと手を振ると頼もしさ抜群の笑顔を見せてくれた。 「とんでもない、護衛騎士にとって聖女様に鼓舞される以上に心踊る事などありませんよ」  リンの頃の団長さんはとにかく終始クールな人だったけど、今の団長さんは厳しい中にも温かいって感じの人だなぁ。  あとで誰かからこっそり団長さんの名前を聞いておこう……。  そんな事を考えながら、俺は胸の前で両手を組んだ。 「入り口から軽く浄化をかけますね」  途端、シンと辺りが静まり返る。  いや皆喋ってていいよ?  浄化は聖力が山盛りかかるってだけで、魔術陣自体はそこまで難しくないから。  俺は森の外を含めて、これから入る区域を軽めに浄化する。  加護付きの騎士達が動くのに支障が出ない程度に瘴気を薄めておけば、討伐中も体が辛くないからね。  範囲浄化を終えて目を開いた俺の背を、リンの手がそっと支える。 「私の後ろにいてください」 「うん、ありがとうリン。頼りにしてるよ」  小さく囁いた俺の言葉に、ふ。とリンが笑った気配がした。  森に入ってしばらくすると、途切れなく魔物が姿を現すようになった。  次々に現れる魔物にも全く動じない騎士団の皆さんはすごい。  陣形を乱す事なく着実に進む騎士団の中で、一箇所だけ陣形をちょいちょい崩しているのが4班……ヒアッカとクロイスのいる班だった。  それは騎士団の皆もわかっているのか、ヒアッカのいる4班は両翼や先端といった重要ポジションではなく、中央で聖女を守るような位置に配置されている。  騎士達が陣形を組んだ形のまま移動し始めてからは、リンはまた俺の後ろに待機するようになったので、結局まだリンは一度も魔物を倒していない。 「4班! 1匹行くぞ!」 「バッチコーイっス!」  ヒアッカが、狼のような魔物の胴をザックリと切り裂いて言う。 「ひゃーっ、けっこーいっぱい魔物出てくるっスね!」  俺も崩れた魔物の残骸を浄化で消しつつ答える。 「本当にね、こんなに瘴気が溜まってるなんて思わなかったよ」 「いやぁ、俺去年は巡礼おやすみだったんスけど、去年は帰りルートの途中で聖女様が魔物にやられたんでこの辺浄化できてないんスよねー」 「そういう事は早めに言って!?」  俺は思わず叫んだ。

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