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広く全体を見て動こう
「あれ? 聞いてないんスか? てっきりそーゆーのって司祭のおっさんが教えてるもんと思ってたっス」
確かに以前は司祭様が浄化の仕方から巡礼の方法まで、聖女への指導を全部担ってくださっていたけれど……。
今回の司祭には、俺は何一つ教わってないからなぁ……。
俺の沈黙に、騎士の皆さんが遠巻きに騒めく。
待って?
ということは、ここら一帯は去年から浄化されないままだったの……?
そうか、毎年巡礼ルートが逆回りになるのは、浄化し残した範囲が翌年の最初に回るようにって意味もあったのか……。
それならそうと昨夜のうちに町長さん達も言ってくれればよかったのになぁ。
いや、それこそ言えないか。
去年は巡礼途中で聖女が魔物に殺られました、なんて話。
これから浄化に向かう聖女の俺には特に……。
「ったく、司祭のおっさんもうちょい仕事しろよなーっ」
ヒアッカの言葉に、司祭のおっさんって……。と苦笑した俺はふと気づく。
あれ? もしかして俺って、司祭の名前、知らない……?
え? だって彼、一度も名乗らなかったよね?
ああああ……。
……いや、……俺も大概失礼な奴だったんだなぁ……。
「ねぇヒアッカ、司祭さんって名前なんて言うの?」
「んー? や、知らねーっス」
ヒアッカはほんの少し考えただけで、思考を放棄した。
「お前は……。覚えろっつの」
そう言ってヒアッカを小突いたのはドルーグだ。
ドルーグさん陣形乱れちゃうよ、戻ろうね。
「あの司祭はマルコメロって名前ですよ」
ドルーグが俺を振り返って言う。
「へえ、マルコメロ司祭って言うのか、覚えとこう」
あの見た目になんとなくピッタリくる名前を、俺は脳内で反芻する。
と、視界の端で右翼で戦っていた騎士さんが魔物に攻撃を避けられてたたらを踏むのが見えた。
そちらに視線を投げると、素早く反転した魔物が彼に飛び掛かるところだった。
俺は腕を伸ばして小さめの障壁を張る。
障壁に弾かれた魔物を別の人がざっくり仕留めたのを確認して、障壁を解く。
「ありがとうございますっ!」
「気をつけてねー」
笑顔で答えて視線を戻すと、前方で魔物を斬った騎士の腕が、斬られた魔物の尻尾に撫でられたのが見えた。
「あっ、3班の人! 今掠ったところ見せてくださいっ」
駆け寄って浄化をかけてから、また駆け戻る。
「あ、ありがとうございますっ!」
「うん、気をつけてね」
「4班! 2匹行くぞ!」
「おーっし!」
ヒアッカが1匹目に向けて剣を構える。
クロイスは2匹目を見つけられずにキョロキョロしている。
「クロイス、左っ!」
俺が上げた声にクロイスが左を見る。
迫る魔物に剣を構えようとするクロイス。
障壁を張ろうかと手を上げた時には、魔物はドルーグに切り払われていた。
「ぼーっとすんなよ!」
「す、すみません……」
別にクロイスはぼんやりしてた訳じゃないんだけどね。
こんな風に気を配らないといけないところがいっぱいになると、どこを見ればいいのか分からなくなっちゃうんだよね。
でもそんな風に叱られて萎縮しちゃうと、もっと良くないからな。
「クロイス、大丈夫だよ。混戦になってきた時は、とにかく視界が狭くならないようにね、広く全体を見て動こうね」
俺も初舞台の時はどこを見ていいのかわかんなくなって、自分の役に精一杯で他の役者さんの動きまで見ていられなかったから、クロイスの気持ちはよくわかるよ。
でも周りの人をよく見てないと、自分がどう動けばいいのか分かんないからね。
「落ち着いてね、クロイスは1人じゃないんだから。ドルーグも助けてくれるし安心して戦ったらいいよ」
俺の言葉に、クロイスは力の籠った声で「はいっ」と答えた。
うんうん、よかった。
「なんで聖女様は戦闘にも詳しいんスかー?」
ヒアッカの言葉に俺は苦笑する。
なんでって言われても、うーん……。
俺の場合は演劇経験に助けられている部分が多いと思うんだよね。
現代演劇は、歌うし踊るし殺陣もやるしで、経験の幅が広いんだよ。
でもそんなの戦闘中に長々説明してられないしなぁ。
ヒアッカの納得しそうな答えとしては……これかな?
「俺、巡礼回るのこれで5回目だから、経験かな……?」
「えっ、聖女様5回目なんスか!? 俺まだ2回目っスよ!」
「じゃあ巡礼では俺の方が先輩だね」
「聖女パイセンって呼んでいいっスか」
「それはやめて」
俺達の会話に騎士の皆さんも小さく笑う余裕があるみたいで、俺はちょっとホッとする。
そろそろ第2の浄化予定ポイントだな。
魔物の数は相当あったのに、ここまでまだ怪我人は出ていない。
先頭を進んでいた団長さんが足を止めてこちらを見た。
「ここで一度浄化しますねー」
俺が声を上げると、隊列は乱れることなく停止した。
俺は目を閉じて両手を組む。
心の中で森の中を見渡すようにして、今度もさっきと同じように、薄く浄化をかける。
今度は範囲を自分中心じゃなくて前方に絞って……。
よし、できた。
ふっと目を開く。
聖力がごっそり抜けた体が、ずしりと重い。
うーん。瘴気が強いなぁ……。
まだふらつくほどではないけど……。
小さく息を吐いた俺の背を、リンの手がそっと支える。
グローブを通してじんわり伝わる熱が、俺の心を優しく温めてくれる。
「ケイト様……」
俺を心配してくれるリンの声が、その心が、とっても嬉しい。
森に入ってからのリンは兜の面を上げていたので、俺の大好きな深い青の瞳が俺を大切そうに見つめているのもはっきり見えた。
「リン……ありがとう」
リンのまっすぐな愛を感じる度に、俺の聖力はぐんぐんと回復する。
なんかもう、今使った分くらいは回復できちゃったんじゃないかな?
あまりにも単純な自分に呆れてしまう部分もあるけど、それ以上に、彼に愛されていることがくすぐったくて、嬉しくて、たまらない。
そこへ団長さんが来た。
「聖女様、当初の予定では今日はここまでで、残りは明日の予定だったのですが……」
団長さんが俺の様子をうかがうように俺を見る。
「騎士の皆さんの調子はいかがですか? 俺はまだ大丈夫ですよ」
にっこり微笑んで尋ねると、団長さんは、怪我人もなく加護と浄化のおかげでまだまだ動けると言う。
うん。まだ昼にもなってないしね。
もうちょっと頑張ってから帰ろうか。
討伐続行が決まって、俺は騎士達に加護を重ねがけしつつ怪我がないか1人ずつ確かめて回る。
なぜか感極まって手を握ろうとしたり抱きついてこようとする人がいたんだけど、こちらもなぜか俺に付いてきたヒアッカとドルーグにがっつり阻止されていた。
左右にはヒアッカとドルーグがいて、後ろにはリンが居て、さらに後ろからクロイスがちょこちょこついてきてるんだけど、なんだろうこれは……。
よく分からないけれど、皆が俺を守ろうとしてくれてるのが嬉しくて、騎士全員に加護を上掛けした後も、俺の聖力はまるで減らなかった。
***
「うわやべっ」
ヒアッカが後ろに跳ぶ。その一瞬後を魔物の爪が裂く。
「ヒアッカは下がって、1人だけ前に出過ぎだよ。陣形が崩れちゃうから」
横から払ったドルーグの剣が、ヒアッカの逃した魔物を難なく沈める。
「くそーっ」
いや悔しがってるとこじゃないからさ。
「おい、今のは危なかったぞ。魔物の動きをよーく見ろ」
ドルーグのせっかくの忠告も、ヒアッカには届いてなさそうだ。
うーん……ヒアッカは、もうちょっと危なくない討伐をしようよ。
「そういえば、ヒアッカはなんで去年の巡礼は休みだったの?」
俺の問いに肩を揺らしたヒアッカのかわりに、ドルーグがニヤリと笑って言う。
「こいつ一昨年の巡礼でボロボロんなって、生きてんのが奇跡みたいなことになってたんですよ」
「わーっ! 言うなよ恥ずかしーだろっ!?」
「いや、恥ずかしくはないけどさ……」
「魔物にやられたなんて恥ずかしー話、聖女様には知られたくねーんスよっ」
「ヒアッカはすぐ前に前に行っちゃうから、それで陣形崩しちゃうのがダメだよね」
「そーそー。ほんっとそーなんですよ。もっと言ってやってください」
「ぇえーっ」
「何でそんな1人で前に行っちゃうの?」
「だって1匹でもたくさん倒したいじゃないっスか!」
「でもヒアッカが1人で前に行き過ぎると、陣形が崩れて皆が危なくなっちゃうでしょ? そしたら結果的にたくさん倒せないまま、怪我して帰ってくることにならない?」
「うぐっ」
「皆も自分もなるべく安全に、陣形を守って進むことが、魔物をたくさん倒すことへの近道だと思うよ」
「ぅええ~~……」
「だってヒアッカは去年1年間魔物を倒せてないんでしょ? 結局損してない? 毎年行ける方がもっとたくさん倒せるよ?」
「ぅうう……確かにそっスね……」
「じゃあこの後はもうちょっと陣形を意識して動いてみようか」
「っス」
視線を感じて顔を上げたら、ドルーグが信じられない物でも見たみたいな顔をしていた。
「あのヒアッカが……こんな素直に……」
5人でひと班となっている4班の残り2人の騎士さんも「すげぇ……」「流石聖女様……」となにやら驚いてくれているようだ。
ヒアッカってば、そんなに言う事聞かない問題児だったのか……?
「えぇー? 違うんスよっ。俺が魔物を倒したいっつったら皆、魔物を倒すのが目的じゃないとか、聖女を守るのが大事だとか言うじゃないスか!?」
「んー? まあ、そうだなぁ……」
「だってそうだよなぁ?」
「俺たちゃそれが仕事だもんなぁ?」
「でも俺は魔物をいっぱい倒すために護衛騎士になったんスよ!」
「そんな事言ったってなぁ」
「巡礼ってのは魔物を倒すのが目的じゃねーからさ」
「そうそう、浄化すんのが目的なんだしなぁ」
「そのために聖女様をお守りするのが第一なんだろ?」
「ほら皆そう言うじゃないスか!」
それまで黙って話を聞いていたクロイスが「あ」と声をあげる。
騎士の皆さんはパッと周囲を確認して、魔物の接近がないことを認めてからクロイスを見た。
おおぉ。プロだ……。
「ケイト様は、陣形を守って戦う方が魔物をたくさん倒せるっておっしゃいました……」
クロイスの言葉に、3人の騎士がハッとした顔をする。
「そーなんスよ! だから、そんなら俺もそうしてみようかなって思ったんス!」
「なるほど……?」
「アホなのか……」
「単純だなぁ……。いやまあわかった。お前にはこれからその方向で指導しよう」
騎士達3人に口々に礼を告げられて、俺は苦笑を返す。
これで、ヒアッカも護衛騎士として最初の一歩を踏み出せるといいんだけどね。
「警戒!」
鋭い声に、騎士達が一斉にそちらへ構える。
「下がれ!」
「デカいぞ!」
2メートル以上はありそうな魔物の影がこちらへ突進してくる。
「ぐっ」
「うぁっ!」
ふたつの悲鳴が続くと、右前方の3班の陣形が大きく崩れた。
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