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大きな敵

「聖女様を守れ!」 「くそっ早ぇ!」 「4班下がれ!」 「デカいのが行くぞ!」  散り散りになる騎士達の合間でもう一つ悲鳴が聞こえる。  ああ、まずいな。3人は怪我をしたみたいだ。  なるべく逃げずに、この場ですぐに魔物を倒して傷を癒したい。 「リン、行けそう?」  俺は後ろをチラと見る。 「問題ありません」  さらりと答えて俺の前に出るリンの剣に、俺は聖力を付与する。 「皆下がって!」  俺の声に、俺の前に立とうとしてくれていたドルーグが飛び退き、逃げようか迷っていたクロイスとヒアッカが転がるように散る。 「聖女様も逃げてくださいっ!」  クロイスの悲痛な声に、俺は微笑んで答える。 「大丈夫だよ、リンに任せて」  リンは裂帛の気合いと共に、突進してきた魔物を一刀両断にした。  真っ二つになった魔物の体は、突進の勢いのまま、リンとその後ろに立つ俺の左右をそれぞれが通り過ぎてから地に落ちた。  ズドンと森が震えるような振動に、騎士の皆さんも息を呑む。 「は……?」 「すっげぇ……」 「なんだこれ……」 「強っっ! なんスか兄さんめっちゃ強いじゃないっスか!!!」  ヒアッカが、リンに憧れいっぱいのキラキラとした視線を向けている。  そっか、リンは聖騎士達の訓練場を使わせてもらってたから、護衛騎士の皆はリンがどのくらい戦えるのか知らなかったのか。  俺は、わあっとリンを囲む人の群れを抜けて、蹲る騎士の元に走る。  この人が一番重症だ。次があの人で、最後にあの人だな……。 「大丈夫ですか? 今すぐ治しますからね」  駆け寄ると同時に、浄化を展開する。  穢れがなくなったらすぐに治癒だ。 「ぁ……聖女……様……」  喋らなくていいからね。ちょっと待っててね。  胸が抉られてしまっているけど、このセリクのオリジナル治癒魔法なら痛みもないから……。  どよめきが近くで聞こえる。  どうやらリンが俺を追ったので、そのまま人垣ごと動いてきたようだ。  見る間に怪我が癒えてゆく様を、騎士達がポカンと見ている。  馬車の所で待機している治癒師達のお仕事を取っちゃうのは悪いとも思うんだけど、この人はすぐ治さないと危なかったし、痛がっている人をそのままにはしておけない。 「ふぅ。どうかな、もう痛くない? 何かあればいつでも言ってね」  言いながら、俺は次の騎士へと駆け出す。 「あ、ありがとうございますっ!!」  後ろから元気な声を聞いて、もう大丈夫そうだなと安堵する。  次の人は足をやられていたのでこちらも浄化をかけてから治す。 「すげぇ……全然痛くねぇ!」  彼の言葉に騎士達が驚きの声を上げる。  そうだね。一般の治癒魔法は治る間ずっと痛い。  むしろ怪我し直してるんじゃないかってくらいに痛い。 「そーなんだよっ、俺なんかもう死んだと思った怪我だったのに、聖女様がお手をかざしてくださったら、痛みがすうっと引いて、そのまま見る見る治ってってさ!」  ああ、さっきの騎士さんだな。  まだ若い人だったし、死ななくて本当によかった……。 「はい、治ったよ。ちゃんと動かせる? 気になるとこがあれば言ってね」  ニコッと微笑んで、俺は最後の1人を探す。  肩から腕を負傷していたはずの人はさっきの場所にはいなかった。  彼だけは立っていたので、歩いて移動してしまったようだ。 「こちらです」と俺の肩を優しく引いてくれたのはリンだ。  騎士達も、慌てて道を譲ってくれる。  騎士達が左右に避けたその先で、片腕をだらりと垂らしたままこちらを向いたのは、くすんだ緑の髪の男だった。  ああ、この人は最初に俺の腕を掴んだ人だね。  ラ……。ラ……。えっと、名前は何だったっけ。 「すみません、怪我を見せてもらえますか」  185センチほどはありそうなその騎士の肩は俺の頭上にあった。  そのままではとても見えそうにない。  せっかく立っているのに申し訳ないけれど、膝をついてもらう。  サッと浄化をかけて治癒を施すと、男はすっかり治った肩をぐるぐると回して深々と頭を下げた。 「……申し訳ありません」  緑の髪の男は20代中頃くらいだろうか。  10代のヒアッカと30代のドルーグのちょうど間くらいに見える。 「俺に謝る必要はないよ、もう痛いところはない?」 「はい……、いえ、ゲートの前で、聖女様のお手を……」  俺は思わず瞬く。  この人はあの些細な出来事をずっと気にしていたんだろうか。 「ああ、その事なら気にしないで。貴方はやるべき仕事をしたんだから。謝るような事じゃないよ」  彼の心のわだかまりが少しでも消えますように。  俺は心を込めて彼に微笑んだ。  榛色の瞳がじっと俺を見つめる。  ん? なんか……知ってる誰かに似ているような……? 「もしよければ名前を聞いてもいい……かな?」 「ラドムと申します。治癒を賜りありがとうございました」 「ラドム……」  そうか、ラドムだったか。  ラから始まる3文字名ってとこまでは覚えてたんだけどなぁ。  結局出てこなかったよ。  ずっと気になっていたので、答えが分かってとてもスッキリした気分だ。 「こちらこそ、守ってくれてありがとうラドム」  俺は上機嫌で満面の笑顔を返すと、放心してしまったラドムにも、苦い顔をしているリンにも気づかないまま4班後方の定位置に戻った。  その頃には他の騎士達も既に陣形を整え始めていたので、戻る位置には迷わなかった。  間もなく騎士団長の号令がかかって、3箇所目の浄化予定ポイントに向けて一団は動き始める。 「ヒアッカ、前に出過ぎだよ、下がって」 「うぃー。了解っス」 「クロイスはもう一歩前に出るようにね」 「はいっ」  前方の班から声が上がって、4班に魔物が1匹送られる。  つまり4班の位置は、見習いのクロイスと危ないヒアッカを守りつつ実践経験を積ませてあげるためのポジションなんだなぁ。  それで20代くらいのそこそこ出来る騎士2人がサポートしつつお手本を見せて、ドルーグみたいな熟練の騎士がまとめ役兼指南役で入ってるってことか。 「おいヒアッカ! 右だ!」  ドルーグの声に、ヒアッカが一瞬遅れて体を向ける。  あれ、なんか今のヒアッカの動き、ちょっと不自然じゃなかった……?  けれど、次に現れた魔物にはヒアッカは何らおかしくない動きで対応した。  うーん……?  違和感の正体を掴めないまま、俺は第3の浄化予定ポイントでの浄化を終える。  この森には結界柱もないし、後は森に残る魔物を一掃して、広範囲浄化で全体を清めれば終わりなんだよなぁ。  それだけのためにまたここまで来るのも面倒だし……。  カディーがまたついてくるとか言い出すとさらに面倒だし……。  俺は団長に「もう今日中に最後までやってしまいませんか?」とこっそり尋ねてみる。  団長は「聖女様がお辛くないのでしたら」と笑って答えてくれた。  うーん、そこなんだよなぁ。  聖力も魔力も残りは確かに減ってきている。  けど聖力はこの場で回復できないこともないんだよなぁ……。 「10分だけ休憩を挟んでもいいですか?」  俺の言葉に団長は「10分と言わず、30分休憩にしましょう」と答えて笑った。

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