335 / 336
……私を見てください
「マークレー様」
俺が名前を口にすると、マークレーさんは片手でメガネの中央を押し上げてから「はい」と答えてくれた。
メガネかけてるフロウリアの人って珍しいな……。
髪はリンの青色とブラウの紺色を足して割ったくらいの濃い青で、顎辺りまでの長さの髪をワンレンにしている。
とても真摯で理知的な雰囲気の人だ。
「マークレー様はとても素晴らしい方なのですね。歴史にもお詳しくて、知識が豊富で、魔法にも長けてらっしゃるなんて……。きっとたくさんお勉強なさったんですね」
これがずっと年配の人って事ならまだわかるんだけど、年齢はリヴァルド陛下より少し若いくらいに見えるし、それでこの知識量なら、これはもう努力の人なんだろうなぁ。
俺は、すごいなぁと思う気持ちのまま、マークレーさんを尊敬の眼差しで見つめる。
驚いたように水色の瞳を瞬かせるマークレーさんの隣で、リヴァルド陛下がハッキリと眉を顰めた。
「私への態度とマークレーへの態度が違うように感じるのだが?」
え? そうかなぁ?
「ルド様にも、とても感謝していますよ?」
「ではマークレーの事はどう思っているのだ?」
「努力家で素晴らしい方だなぁと、尊敬しています」
リヴァルド陛下がなぜか半眼になる。
「ならば、私の事はどう思っているのだ?」
「人の心の機微に敏感で、決断力のある方だなぁと思っています」
「それは確かに……、確かに正しい評価ではあるのだが……。何かこう、熱量が違うのではないか? マークレーは尊敬しているのに私の事は尊敬していないのか?」
「ルド様の事も、凄いと思ってはいますよ……」
「なぜそう渋々と言うんだ!?」
面倒くさい人だなぁ。
「あっ、そろそろドリュトリーさんの手を治癒しに行かなくてはならないので、これで失礼いたしますねっ」
俺は治癒を口実にリヴァルド陛下に背を向けて歩き出す。
「ケイト!? まだ話は終わってないだろう!?」
「陛下、しつこい男は嫌われますよ」
「ぐぬっ……」
マークレーさん、ナイスアシスト! ありがとうございますっ。
歩きながらチラっと振り返って小さく会釈すると、マークレーさんも小さく微笑んでくれた。
わ。マークレーさんは笑うと固い氷みたいな雰囲気が解けてふわっとなるのか。
やっぱり素敵な人だなぁ。
ほくほくした気持ちで、研究者の3人へと視線を向ける。
そこには蒼も戻ってきていて、今はワープ理論についてワイワイと盛り上がっている3人を半眼で眺めていた。
うんざりしたような顔をしている癖に、その口端が僅かに上がっているのはセリクがとても良い顔をしているからだろう。
「ケイト様」
ん?
不意にリンに声をかけられて、斜め後ろのリンを見る。
リンは青い瞳をどこか切なそうに揺らして、誰にも聞こえないくらい小さな声で言った。
「……私を見てください」
なっ……!?
なに、その、殺し文句……っ!?
俺は思わずリンに両手を伸ばす。
リンは息をするくらい自然に俺を抱き上げてくれた。
俺は赤くなる顔をリンの胸に押し付けながら言う。
「俺はこれでも、とっても我慢してるんだよ? だって、気を抜いたら俺は一日中ずっとリンの顔ばっかり見ていそうなんだから……」
思ったよりもずっと、子どもっぽい拗ねた言い方になってしまった。
うう、恥ずかしい……。
「ケイト様……」
リンの声に熱が滲んでいる。
俺の事が大好きで仕方ないって、ちゃんと伝えてくれる。
リンはいつでも俺に安心と勇気をくれるね。
「今夜は、2人だけでゆっくり過ごそうか」
俺の誘いに、リンは目を細めて答える。
「はい、とても楽しみです」
リンの腕に優しく身体を支えられて、トン、と3人の前に下ろされると、蒼が片手で頭を掻きながら言った。
「……なんつーか、兄ちゃん達、空気が甘過ぎねぇ?」
俺とリンは互いに視線を交わして小さく笑った。
「普段からこんな感じだよ?」
「げっ……マジかよ……。なんつー甘々巡礼してきたんだよ……」
そこへ、スッとブラウが膝をついた姿勢で現れる。
「ケイト様、司祭様がケイト様を探しているようです」
突然現れたブラウに、蒼が半歩後ずさる。
「!?」
「ええ……俺に何の用かなぁ? 俺は今日、町に買い物に行ってて夕方にならないと戻らないって感じで口裏を合わせるように騎士さん達にお願いできるかな?」
「はい」
答えると同時にブラウが姿を消す。
ああ、連絡を急ぐ必要があるから、俺に褒められるのは後回しにしようって思ってくれたのか。
俺がまだ言いたいことがあるようなら、大きな声で言えば十分届くわけだもんな。
あの頃の、褒めてもらう事以外に興味のない、命の重さも知らないブラウはもういない。
今のブラウは、俺の為になる行動を自分で考えて動ける、俺の大事な仲間の1人だった。
「ありがとう、ブラウ。戻ったらいっぱい褒めるね」
俺の言葉に返事はなかったけど、ブラウにはちゃんと届いた気がした。
「何だ今の、忍者かよ……」
蒼が呆然とした顔で辺りを見回している。
「ふふ、全身黒っぽいから忍者みたいだよね。俺の諜報員だよ」
「兄ちゃんの……?」
「うん、俺が雇用主」
「そーゆーことか……」
それ以外にどういう想定があるんだ……?
俺はワープ理論で盛り上がる3人の傍まで行って声をかける。
「お楽しみのところ申し訳ありません。ドリュトリー様、お手のお怪我を治癒させてくださいますか?」
俺の言葉にドリュトリーさんが苦笑する。
「ああ、すみません聖女様。彼らとの会話があまりに刺激的で夢中になってしまいました」
父も同じように苦笑して言う。
「ああ、私も気にはなっていたんだが、ついつい議論が白熱して……」
続いてセリクが慌てて言った。
「でしたら治癒は僕がやりますね。よろしいでしょうか?」
「ああ、是非とも君の腕を見せてほしい」
またワイワイと盛り上がる3人に、俺は自分の出番はないかなと悟ると昼休憩にしようと声をかけて引き返すことにした。
「父さん、魔力はまだある? あの魔法かなり魔力を使うでしょ? 午後の分もしっかり休憩して、魔力を補給しておいてね」
「ミノル殿は聖女様のお父上でいらっしゃるのか」
「ああ、そうなんだよ、私自身も聖女であるとも言えるがね」
「なんと……!?」
「セリク、悪いんだけど、必要に応じて父さんにスタミナ回復をお願い、魔力も足りないようなら少し分けてあげてね」
「ケイ様は大丈夫なのですか?」
心配そうに俺を見つめるセリクに俺は微笑んで答える。
「うん、俺は自分の魔力を溜めてるから大丈夫だよ」
「わかりましたっ」
ホッとした顔で笑顔を返してくれるセリクは、俺より背が高いけど、やっぱり可愛かった。
俺は昼休憩の終了時間を確認すると、手早く昼食を済ませて、3班と4班を連れてフロウリアで最初に建てられたと言われている、1本目の結界柱へと向かった。
俺達の後ろには、リヴァルド陛下達が私兵を引き連れてぞろぞろと歩いてきている。
「……やっぱり着いてきちゃうんだなぁ……」
思わず溢した愚痴に、ヒアッカが俺を覗き込む。
「あの人って、兄さんにもカディー様にも似てるっスね?」
「そうだね、カディーのお兄さんでリンの姪孫だからねぇ……」
俺の言葉に、3班と4班のうち数名が息を呑む。
「へぇー、そんで似てるんスねぇ」
うん、ヒアッカはよくわかってないな。
よくわかってない人はよくわからないままがいいよ。
俺は話題を変えておく。
「そういえばヒアッカはもうすぐお誕生日だよね?」
「そっスよ! あっ、ケイト様何かくれるんですか!?」
おお、そうくるか。
流石ヒアッカ、ストレートだなぁ。
「あげたいのはやまやまだけど、1人にあげると少なくとも護衛騎士9班分で45人にはあげないといけない気がするからなぁ……」
俺の言葉に、ヒアッカが『うわぁ……』という顔をする。
「た、確かにそっスね……。お気持ちだけで十分っス」
「ふふ、ごめんね。でもヒアッカには、可愛い恋人がプレゼントをくれるでしょ?」
俺とリンは、巡礼から戻った翌日には2人から「俺「私達お付き合い始めました!」っス!」という報告を受けている。
2人の元気な報告に、一番驚いていたのはアンナだった。
「へへへ……そっスね!」
少し照れたような、それでも嬉しくてたまらないような顔をして、ヒアッカが笑う。
反対側を見れば、クロイスも柔らかい笑みを浮かべてヒアッカを見ていた。
ともだちにシェアしよう!

