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第一章-1
──あ……、発情 がきた。
身体の内側から、ふいに熱がわきでるような感覚がやってきて、大谷 夕侑 は手にしていたシャープペンシルをノートに落とした。
目の前の数式や二次関数のグラフがぼやけてゆがんでいく。同時に下腹からマグマの塊が発生し、喉元までグワリとせりあがってきた。
心臓がドクンと大きく波打ち、衝撃に吐き気を覚える。夕侑は教科書の上に顔を伏せて、背中を虫のように丸めた。
手足がガタガタと震え、息が荒くなり、その震動に制服の下につけている貞操帯が肌を刺激し始める。発情期にはいつも苦しめられる拘束具の感触に、膨らむ性器を必死に押さえこみながら周囲をうかがった。
午後一番のけだるい授業を、クラスメイトらは静かに問題をといたり、眠気をこらえたりしながらすごしている。誰もまだ、夕侑の変化に気づいていない。
──早く、先生に、知らせなきゃ……。
「……んっ」
思わず声がもれそうになってハッと口を塞いだ。
「大谷くん?」
教室の最前列、真ん中の席に座っていた夕侑がわななき始めたのを見て、目の前の教卓に立つ教師が声をかけてくる。
ジクジクと潤み出した身体が、誰かに挿れて欲しいと訴えかけてくるのをこらえながら、目配せをして発情が始まったことを知らせた。
夕侑のサインに気づいた教師が、授業の手をとめ卓上にあったノートPCを操作する。
すると三分たたずに、校内放送が流れてきた。
『発情耐久訓練、開始。訓練、開始。生徒は理性と節度を持って行動するように。教室を出た者はペナルティ一、獣化した者はペナルティ二、バーストした者はペナルティ三──』
その放送に、一緒に授業を受けていたクラスメイトらが驚いて顔をあげる。
放送が終わると教室の扉があいて、大柄な体育教師が入ってきた。
「大谷くん、移動だ」
「……はい、わかりました」
夕侑は自分が放ち始めたフェロモンに朦朧となりながら、椅子から立ちあがった。
やってきた体育教師に支えられて、一緒に入り口に向かう。その際、ちらと後ろを振り返った。
すると男子しかいないクラスメイト全員の、発情に惑わされた燃えるような眼差しが突き刺さってくる。
おびえつつそれらから目をそらし、教師と共に廊下に出た。
「大丈夫か、大谷くん。いけるか?」
教師の問いかけに、ふらつきながらもうなずく。
「はい、大丈夫です」
よろめく足で廊下を進んでいくと、応接室の横にかかっていた鏡に自分の姿が映っていることに気がついた。
大きな鏡の中には、胸が悪くなるような欲情に浮かされた青年がいる。
まっすぐな黒髪に、瞳は大きいがそれ以外は平凡な顔立ち。背丈は同年代の平均身長、体重はそれより少なめだ。
何の魅力もない普通の容姿だが、今は『発情 』という特殊な状態になっているために、瞳は充血し、表情は誰彼かまわず誘う娼婦のように妖しくなっている。
夕侑は自分のそんな姿に不快感を覚えた。
教師と一緒に急いで校舎を走り、裏口から外に出て、敷地の西に広がる森へと進む。
「早く、早く」
森の手前の空き地には、鉄製の頑丈な柵が、直径五メートルほどの円を描いて設置されていた。
その真ん中に三メートル四方の檻が用意されている。周囲には、発情抑制剤を注射した教師らがひかえていた。十人ほどいる教師の中から、白衣を着た学校医の神永 が近づいてくる。
「大丈夫かい、大谷くん」
「はい、まだ動けます」
夕侑は神永の手をかりて檻の中に入った。ひとりで真ん中に立つと、檻に鍵がかけられ全員が柵の外へ出ていく。
すると数分たたずに、校舎からワラワラと肉食獣の群れが出てきた。
狼、ヒョウ、虎、ハイエナ、熊──。
それらは先程まで教室でおとなしく授業を受けていた生徒たちが変化 したものだ。
彼らは皆、目を見ひらき、牙をむいてよだれをたらしている。
雌を襲って孕ませようとする雄の形相だ。
夕侑は怖気立った。
発情耐久訓練は今回で四度目だが、回を重ねるごとに彼らの情欲は強くなっている気がする。
「ペナルティ三の生徒がきます。柵に手をかけた者から抑制剤を注射してください」
スマホで状況を録画している教師が、簡易注射器を箱から出している教師に呼びかけた。
狼に獣化した生徒が、最初に鉄柵に飛びかかる。頑丈な柵がガシャンと大きな音を立てて揺れた。
吠え声に刺激されるように、他の獣化した生徒らも次々に柵に体あたりしてくる。
夕侑はそれを熱に浮かされた目で見つめた。
彼らの狂ったような性欲が手に取るように伝わってくる。そして、呼ばれるように自分の中からも欲望が燃え立つ。
──襲って欲しい、犯して欲しい、というおぞましい願いが。
一匹の熊が、鉄製の柵を力ずくで壊してしまうと、あいた空間から獣たちが中に入りこんできた。
「まずいぞ! 抑制剤を早く!」
教師のひとりが大声で叫ぶ。
しかし間にあわず、夕侑の入っている檻に獣たちが続々と襲いかかってきた。何匹もの獣が四方八方から檻を揺さぶる。
檻は頑丈だったが、夕侑は中でよろめいた。ジャガーが隙間から前足を突っこみ、爪で制服を引き裂く。逃げようとすると、反対側からハイエナに同じように襲われた。
服はあっという間に破かれてしまい、ほぼ全裸になった夕侑は檻の真ん中にへたりこんだ。
剥き出しの腰から下には、頑丈な貞操帯がはめられている。細いビキニのような形状のそれは、鋼とカーボンファイバーを使用した特注品だ。
恥ずかしさと怖ろしさ、そして身のうちからわき出る欲望に苦しみながら身体を丸める。
早く終わって欲しい、早くしずまって欲しい。こんな地獄のような苦しみは耐えられない。
「グオオオゥゥッ」
震えながら目をとじていると、ひときわ高い吠え声が聞こえてきた。群れる獣らのどの声よりも強く、威容に満ちた咆哮が耳に届く。
瞼をあげれば、檻にはりつく獣らに次々と噛みつき、遠くに放り投げる獅子の姿が目に入った。
栗色のたてがみをひるがえし、牙をむき強靱な筋肉を波打たせて闘っている。その姿は獣たちの中でも飛び抜けて雄々しい。
やがて荒ぶる獣らに順々に抑制剤の注射が打たれ、ヒトの姿に戻っていくと、最後に檻の真上に君臨していた獅子も、しなやかな身のこなしで地面におりて素直に教師から注射を打たれた。
すると獅子はゆらりと身を崩し、堅強な肉体を持つひとりの男へと姿を変えた。
高い背丈に、ミドルショートの栗色の髪。後ろ姿のため表情は見えないが、素裸の肢体は人になってもなお王者の風格を漂わせている。
彼は地面に倒れている生徒たちに向かって、声高に言った。
「訓練用オメガは手出し禁止だろう」
よく通るはっきりとした声が響く。
「守れない者は、獅子に噛まれる覚悟をしておけ」
強く釘を刺すと、怪我を負った獣人らが従うように呻吟した。
男が振り返り、金茶色の目を輝かせる。
夕侑はその猛々しい瞳に激しい情欲を覚え、炎にのまれるようにして意識を失った。
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