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第一章-2

 夕侑の通う私立王森学園は、富士山麓に広大な敷地を持ち、日本全国から集まった文武に優れた獣人の生徒らが日々勉学にいそしむ全寮制の進学校である。  現在、夕侑はこの学園の高等部一年に在籍していた。  この世界には、人口の九割にあたる『獣人』が存在する。残りの一割は『ヒト』のままだが、遺伝学的に『生粋の人間』はほとんどいない。  大昔は、獣人などこの世には存在しなかった。人間はすべてヒト型でしかなかった。  しかし百年ほど前に世界的なウイルス性疾患が流行し、その影響で遺伝子が変異して新たな人類が誕生した。  多くの人々は、ネコ目の獣の姿と、ヒトの姿を自在に変化させることができるようになり、世界にはさまざまな獣人があふれるようになった。  現在では、獅子やヒョウ、熊や狼など多種多様な獣人が街中(まちなか)を闊歩している。  そして同時に、この変化はもうひとつの奇異な現象も生み出した。  人間に、新たな性別である、バース性と呼ばれるものが発生したのである。  人類には男女というふたつの性別があるが、それとは別の性が、この疾患の影響で遺伝子上に生まれ出でた。  バース性には、三種の性が存在する。それぞれ、その特性からアルファ、ベータ、オメガと分類され、このうちアルファは性器の根元に独特な瘤を持ち、知力、体力ともに優れた特別な種で、人口の〇・一パーセントを占めた。  逆にオメガは人口の〇・〇一パーセントしか存在せず、男女ともに子を産むことが可能な希少種であり、そして残りのごく普通の人種はベータと分類された。  オメガは生物学的にはひ弱な種だったが、『発情(ヒート)』と呼ばれる発情期を迎えると、強力なフェロモンを発してアルファを誘うという特色があった。  獣人は嗅覚も鋭い。オメガの発情にとらわれたアルファは、オメガを襲いたいという欲望から逃れられなくなり、そのためオメガ絡みの性犯罪はバース性の誕生以来、とだえたことがなかった。  理性も吹き飛ぶ嵐のような発情に、平穏な生活を壊されたアルファとオメガは数知れない。  獣人はフェロモンにあてられるとヒトの姿から獣化し『バースト』と呼ばれる『ただの獣』の状態に陥ることがある。  バーストしたアルファ獣人はときに行為の最中にオメガを殺してしまうこともあり、その対策は大きな社会問題となっていた。  王森学園は、アルファ獣人のみを受け入れる六年制の男子校であり、将来有望な若者たちのために、独自の発情対策を検討していた。  そのうちのひとつが発情耐久訓練である。オメガのフェロモンを体験し、それにさらされたときどのように対処すべきかを学ぶ教練が設けられていた。  そして夕侑は、訓練のために特別に高等部から入学を許可された、オメガの奨学生だった。  獣人に変化しないヒト族のオメガである夕侑は、獣人よりフェロモンが強いのでこの訓練に最適なのであった。 「抑制剤の効きが悪くなっているな」  学生寮の保健室で、夕侑の診察をしている神永が手にしたフェロモンカウンターの数値を見ながら言う。 「きみに薬を投与してから三時間たつが、まだ正常値におさまっていない。これは多分、きみが入学前に、施設で与えられていた粗悪な抑制剤が原因だろう」  診察台に座った夕侑は、ほてる身体を持てあましながら神永の言葉を聞いた。訓練中、強い発情で意識を失った夕侑はここに運ばれ、抑制剤を投与されて休んでいた。 「……そうですか」  横においてあった学校指定のジャージを引きよせ、羽織りながら答える。  生まれてすぐに、オメガ専用の児童養護施設前に捨てられた夕侑は、十五歳になるまでそこで育てられてきていた。  顔も知らない両親は、きっとオメガだったという理由で夕侑をうとんじたのだろう。そういう理由で捨てられるオメガの赤ん坊は多い。 「すみません」 「いや、これはきみのせいじゃないよ」  夕侑の謝罪に、神永が首を振る。  オメガ専用養護施設には、国からの補助金が与えられていたが、それでも経営はどこも苦しかった。夕侑のいた施設の所長も、オメガの子供に抑制剤を与えて発情を管理していたが、薬は海外から輸入した安い粗悪品ばかりだった。  効きが弱ければ量だけ増やす。そのせいで発情バランスを崩した子も多い。夕侑もそのひとりだった。 「けれど、対策は考えないとな」  体温と血圧を測りながら神永が唸る。夕侑も不自由な自分の身体にため息をついた。  このままでは奨学生としての役割をこなせなくなる。授業料と寮費の免除、加えて卒業後の進学の補助まで約束された今の環境を、こんなことで失いたくはなかった。今まで人一倍勉学にはげみ、受験で奨学生枠を勝ち取ってこの学園に入学したのだ。  夕侑は高等部一年の中でも、五本の指に入るほど成績は優秀だ。その努力は、将来世界中のオメガのために役に立つ仕事につきたいと考えているからだった。

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