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第一章-3

「失礼します」  神永が処方を思案していたら、ドアがノックされて制服姿の生徒がふたり保健室に入ってきた。 「先生、匂いが寮内にもれていますよ。夜間訓練でもするつもりですか」  尊大な物言いでやってきたのは、高等部三年の生徒会長で、寮長でもある御木本(みきもと)獅旺(しおう)だった。  百九十センチある身長に、バランスよく筋肉のついた身体。少し癖のある栗色の髪に、金茶色の瞳。端整な顔の作りは、男らしく野性味もある。それは彼が獅子族の獣人だからだ。  先刻、檻の上にのぼって他の獣人生徒らを蹴散らしていたのは彼だった。 「また抑制剤が効いていないのか」  獅旺が夕侑を見おろしながら聞いてくる。  彼はこの学園で一番優秀な生徒であり、しかも大企業を多く抱える御木本グループの御曹司だった。  将来は日本の経済界を背負って立つであろう、アルファ獣人の頂点に君臨する獅子の化身である男は、上流階級に属する人間らしくいつも自信に満ちあふれている。他の者を圧倒するオーラをまとい、それにみあう知能と運動神経も持ちあわせていた。  しかし、彼の存在は夕侑にとっては怖いものでしかない。獅子族アルファには過去に大きなトラウマがある。夕侑は獅旺の視線をさけて、神永に頼んだ。 「先生、薬をもっとください」  学校医の神永は医師免許を持っているので、診察をして薬の処方をすることができる。学園側からオメガの管理を一任されている立場であるから、頼めば薬を出してもらえると思ったのだが、神永は眉根をよせて却下した。 「ダメだよ。これ以上の投薬は危険だ。仕方ない。じゃあ、おさまるまでシェルターに入ってすごそうか」  シェルターは発情したオメガのための避難所で、学生寮の裏庭に設置されている。夕侑も発情がおさまらないときはそこですごす。  神永の診断に、横から獅旺が口をはさんできた。 「シェルターに入ってもむだですよ。ヒトのフェロモンは強力だから、換気口のフィルターも通過します」 「なら、やっぱり薬をください。どうにかして、これをおさめないと」  夕侑の懇願に、神永が首を振る。 「過剰投与は、きみのためにならない。子供が産めない身体になる」 「かまいません。子供なんて産むつもりは全然ないです」  すると、獅旺の後ろにひかえていたもうひとりの生徒が前に出てきた。 「先生、だったら僕らに提案があるんですけれど」  それはユキヒョウ族の獣人である、副生徒会長で、副寮長の白原(しらはら)だった。  夕侑に対してはいつも優しく接してくれる獅旺とは真逆の落ち着いた物腰の三年生だ。 「提案?」  神永が、白原に目を向ける。 「はい。大谷くんの発情をおさめるのが薬では無理だとしたら、自然の摂理にしたがって欲望を放出してあげればいいんじゃないですか」  長い銀髪に怜悧な顔立ちの白原は、涼しげな声で説明した。 「オメガが発情するのは、アルファを誘うためなんです。ですからアルファがそれに応えてやれば、オメガは満足するでしょう?」  夕侑はどういうことかと、白原を見あげた。 「僕と獅旺で、彼のたまった性欲を抜いてあげますよ」 「──え」  唖然とした夕侑の前で、神永が顔をしかめる。 「オメガ奨学生に手を出すのは、校則違反だよ」 「先生さえ、黙っててくだされば大丈夫です。それに先生だって、発情管理もできない無能な学校医としてクビにされたくはないでしょう」  白原がきれいな顔に笑みを浮かべる。  夕侑はふたりに視線をさまよわせながら大きく首を振った。 「……な、何を……。い、嫌です。そんなこと、絶対に」  戸惑う夕侑に、獅旺が冷淡に言う。 「お前は俺たちアルファの訓練用の餌だろ? 餌としての役目をきちんとこなすことができなければ、この学園を去るしかなくなるぞ」  その言葉に、夕侑は震えあがった。  ここを去る。そんなことになったら、将来のために勉強することもできなくなる。発情をコントロールできないオメガなど、社会でまともに生きていく術もない。  しかし、このふたりに欲望の処理を世話されるなど、耐えられない羞恥だ。  性欲の強い獣人らは、性に関するモラルが低い。性欲処理は、彼らにとっては空腹を満たしたり運動したりするのと同じほどの感覚だ。獅旺と白原にとっても、夕侑とセックスするのはその程度のものなのだろう。  神永はしばし思案する様子を見せた。額に手をあてて、考えこむ顔をする。 「先生、早くしないと匂いをかぎつけた寮生がまた獣化してしまいますよ」 「先生、絶対に嫌です。薬をください」  夕侑の頼みに、獅旺が冷たく告げる。 「発情中のオメガ奨学生に、物事の決定権はない。学園の規則に書かれていたはずだ」  神永は仕方がないというように、深くため息をついた。 「たしかに、それが一番効果があるし自然な方法だ。薬よりもずっと効くだろう。──まったく、医師である僕が相手をして処置してあげられればいいんだろうけど、僕には(つがい)がいるから、効果は薄くなってしまうだろうしね」  そう言う神永の左薬指には指輪がはまっている。 「……先生」  夕侑は震え声で、神永にすがった。 「一度だけ、試してみよう。それでダメだったら別の方法を考える。そして、このことは絶対に外部にもらさないように」  他にいい手だてがないようで、神永が渋々承知する。学校医の答えに、獅旺と白原が顔を見あわせうなずいた。 「ならすぐにシェルターにいこう。あそこなら邪魔は入らない」  獅旺が手をのばしてきて、夕侑を抱きあげる。  その瞬間、皮膚が電撃を受けたようにビリビリッと痛んだ。 「──やっ、や、やだっ」  逃げようとすると、獅旺が不思議そうな顔をする。 「何でそう嫌がるんだ。お前だって俺たちが欲しいだろう?」 「あなたたちは、僕を使って、ただ単に性欲を満足させようとしているだけでしょう」  上級生に対する態度ではなかったが、言い返さずにはいられなかった。  それに獅旺はかるく笑った。 「そうだ。二か月ごとの、お前の発情にあわせた訓練で甘ったるい匂いをかがされて、こっちはもう我慢ができなくなってる。寮長権限で、こっそりいただこうって考えだ」 「……そんな、ひどい」 「お前も、それで楽になれる」  性欲処理のためだけのように言われて、夕侑はショックを受けた。アルファにとって、オメガはそういう存在でしかない。  それでも、獅旺の身体から漂うアルファ特有の匂いに、欲望がじわりと疼く。  獅旺の野性的な香りに、訓練のとき獅子となった彼が、檻に襲いかかる獣たちを次々になぎ払っていった姿を思い出した。  あのとき獅旺は、きっと獲物を自分だけのものにしようとする本能から、他の獣を押しのけたのだろう。けれど夕侑には、まるで自分を助けにきてくれた雄々しい勇者のようにも見えたのだった。  ──獅子なのに。怖いだけの、存在なのに。  アルファフェロモンに酔わされて、身体から力が抜けていく。  抵抗をやめた夕侑を、獅旺は肩にヒョイと担ぎあげた。 「──あっ」 「貞操帯を壊さないように。挿入だけはするんじゃないぞ」  神永が声を強めて注意する。 「わかってますよ。俺たちはまださっきの抑制剤が効いてますからね」  獅旺はニヤリと笑うと、白原と共に保健室を出た。恐怖に顔を青くする夕侑に、白原が背をさすってくる。 「大丈夫。気持ちよくするだけだから。きみ、誰かと経験はあるの?」 「ないです、そんなの……ない」 「それはいい」  夕侑の言葉に、獅旺が満足げに呟いた。

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