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【1.Encounter】出会い

 今日も雨。また嫌な夢を見そうだし……  居酒屋を見回し、できるだけ地味で野暮ったい奴を探す。  角の席、一人で飲む男を見つけた。俺より少し年上。ダサい(びん)(ぞこ)()(がね)、変な柄のTシャツ。室内なのにキャップを深く被っている。  前に立つと、そいつは顔を上げた。 「ね……お兄さん、一人? 一緒に飲まない?」 「……いいけど」  好みの低い声。 「場所、変えない?」  そう言ってズボンの際どいラインに()れる。男は無言で伝票を手にし、立ち上がった。  一瞬、ギョッとする。  βにしちゃ背が高過ぎ。多分190㎝以上。小顔に長い足。体型だけ見るとモデルみたいだ。華も雰囲気もないし違うよな…… *  *  *  開いた口が塞がらない。  輝くエントランス、豪華な絨毯(じゅうたん)と無駄に(きら)めくシャンデリア。連れ込まれたのはベルボーイまでいる高級ホテルだった。  ……おいおい。金は持ってんだろうな。俺、今日はそんなに持ち合わせてねぇぞ。 「お帰りなさいませ。お部屋の鍵でございます」  受付の人がカードを差し出した。  部屋に入り、男が眼鏡を外しキャップを取る。  切れ長の印象的な目、シルバーアッシュの髪。恐ろしく整った顔。ダサいどころか、まさかの美形……  隠されていた素顔に驚き、思わず見入ってしまった。 「俺の事、分かる?」  その言葉に違和感を感じる。  知り合いか……?  逆ナンした相手の顔なんて、いちいち覚えていない。言われてみたら、見た事があるような気がしてきた。 「……ごめん」  そう言うと、男は笑ってからシャツを脱ぎ捨てた。 「シャワー浴びる?」  鍛えられた体は細いのに腹筋が割れている。ついでに物凄い眼力。  不意に朝のテレビを思い出す。  ──分かった。この男、『零士様』に似ているんだ。 *  *  *  意味不明な広さ。浴槽にはバラが浮いている。生憎(あいにく)の雨で星は見えないが、天窓からは夜空が見えた。  洗面台に置いてあったアメニティは俺でも知っている高級ブランド。最上階だしスイートルームってやつか? 一体何者!?  風呂から上がり、バスローブに袖を通した。  ドアを開けると、そいつは優雅にワインを飲んでいた。 「名前は?」  俺に気が付き、聞いてくる。 「レキ」 「一応、確認だけど年は?」 「20歳」 「ギリギリか……」  頬に手を添えられ、流れるような動作でキスしようとしてきた男の腕を掴む。 「キスより早くちょうだい」  ズボンの上から触れてみるが、男のものは勃っていない。  流石(さすが)に未経験じゃなかったか…… 「ベッドに行こう」  男は(なだ)めるように俺の肩を抱いた。  ……面白(おもしろ)くない。童貞なら触った時点で、スイッチ入って興奮状態になるのに。  寝室も想像を裏切らないゴージャスな造り。そいつはそっとベッドに俺を座らせた。  腹立つなぁ……この余裕な顔、崩してやりたい。  男のを上下に抜くと、すぐに硬くなってきた。  でも……何、この無表情。  相手の反応に戸惑う。  性欲が薄いのか、全く気持ち良さそうに見えない。 「……ごめんね。良くない?」 「いや」  それなら気持ち良さそうな顔をしろよ。 「そろそろ俺の番ね」 「ぅ、うわッ」  後ろに手を伸ばされ、焦って顔を見ると、楽しげに笑っている。 「ど、どこ触ってんだよ! 自分で慣らしてあるし、前戯とかいらねぇから」  まず……! ()が出ちまった。  無視して男が俺に近付く。  いつの間にかローションで濡れている手。ゆっくりと俺の中に入ってくる。 「……ッ。いらねぇって言ってんだろ。触るなっ」 「触らなきゃ、できないだろ」  殴ろうとしたら、腕を掴まれた。 「暴れるなよ」  軽くあしらわれ、カチンとくる。 「ガキ扱いやめろ。離せ!」  突き飛ばしてやりたいのに、意外と力が強くて振り払えない。 「指抜け……ん、んっ! か、かき回すなぁ!」 「そんなに抵抗しないで。今、良くしてあげるから」 「んな所に指突っ込まれて気持ちいいわけないだろ」  あやすように頬を撫でられた。そのままキスされそうになり相手の唇を手で塞ぐ。 「……キスは駄目?」  男がふと笑う。  なんだ、その含み笑いは。馬鹿にしてんのか? 「別に必要ないだろ」  ──情が湧いたら面倒。キスなんてしたくない。  不意に奥を擦られ、全身が(あわ)()つ。 「ん、アッ」  ……な、に今の声。 「感度は悪くない」 「や……やめ……」  男の長い指が俺の中を探る。 「嫌だって言ってんだろ! 離、ァあ……」 「ほら。ここが男の良い所」 「ぅ、うぁ」  声が抑えられず、慌てて胸を押す。 「良くねぇ! やめ……んんッ──」 「そう? でも……前、触ってないのに、こんなになっているのはどうしてだろうね?」  俺のは濡れていた。後ろを(いじ)られる度に、栓が壊れたように溢れてくる。 「ふっ、ふざけんな! ぁ……」  しかも長い。いつまで慣らしてんだよ。女じゃないし、前戯とかいらねぇだろ。Ωだから少し触れば勝手に濡れるのに。 「も、挿れろ、よ。はぁ……いつまで……っ。やってんだ」  段々、何かを考えるのが難しくなってくる。 「気持ち良い?」 「……ッ! 気持……い、わけねぇ。いい加減に──ァ、あぁっ!」  男が急に出し入れを早くしてきた。痺れるような快感に手も足も出ない。  このままじゃ…… 「や、やめろ」 「……体は喜んでるよ」  なんだと、この……!! 「っ、アッ……ゥ」  自分の意志とは関係なく体が(けい)(れん)する。男は嫌がる俺を無視して、行為を繰り返した。 「あァぁッ!」  耐え切れず欲を吐き出す。  ……嘘だろ。後ろだけでイッたのなんて初めて。  男は満足そうな顔をしてから、ゴムの袋を口で切っている。 「ここからが本番」  妖艶な笑顔に(あと)退(ずさ)る。本能的に感じる恐怖。男のが(はい)ってきた瞬間、全身がガクガクと震えた。  男は涼し気な顔で俺の中をかき回してきた。 「ッ、あ!」 「どうした……? こんな場所、気持ち良くないんだろ?」  気持ち良いわけない。  クソ。余裕な(ツラ)しやがって。 「……ん、ヤッ」 「慣れてなくて可愛いね」  可愛いだと? この俺が!? 「ふざけ……ッ!」  文句を言いたかったのに──  肌を打ち付ける音が静かな部屋に響き、深く奥へと攻められる。  そんなに押すな。やめてくれ!  襲い掛かる強烈な射精感。頭が真っ白になり、力が抜けていく。  もう無理……!!  体が(こわ)()り、白濁が零れ落ちる。 「……ッ! は、はぁはぁ」  悔しくて男を睨んだ。 「俺の事、気持ち良くしてくれるんじゃないの?」  この野郎、息すら乱れていない。 「俺はまだなんだ。もう少し頑張って」  今度は同時に前まで触ってきた。先端を撫でられ、鈴口を指で刺激される。 「ちょ、っと休ませ……あぅ!」  俺の抵抗にはお構いなし。激しく突いてきて、何度もイカされる。  結果は惨敗。薄い欲を吐き出し、意識を手放した。 *  *  *  シャワーの音で目が覚めた。  だだ広いベッド。高過ぎる天井。少しずつ目が覚めてくる。  あいつは風呂か。  時計を確認すると朝の4時と表示されている。  ……信じられない。俺、あのまま落ちたのか?  快感で失神するという大失態。  あの野郎、『やめろ』って言ったのに一切無視だった。好き勝手しやがって……! 『また会わない?』とか誘われたら、手酷く振ってやる。  ドアを開ける音が聞こえて、目線を上げた。  濡れた髪に引き締まった体。吸い込まれそうになる瞳。髪から雫が流れ落ちる。  ……男のくせになんて色気だ。腹が立つ。どこがβ? どう見てもαじゃねぇか。  自分の見る目の無さを恨んでもすでに遅い。 ●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・ 試し読みはここまでになります。 続きは各書店で好評発売中!

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