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第7話

濃密だった一夜が明けてすぐのこと。 清々しい朝だった。足取りも軽やかで歌でも歌い出したくなる気分だ。 雲一つなく、淡く水色をぼかしたような青空がかぎりなく広がる。 天は高く、小鳥の(さえず)りが響く。 何もかもが輝いて見え、世界が自分を祝福しているような気がしてくる。 ああ、なんて幸福で満ち足りた気分なんだろう。 離れにある礼拝堂で朝一番にお祈りをすませ、王城の庭園を抜けて、持ち手の付いた藤の籠を携え、シファは森を散策している。 月のようだと評される銀髪だが、そもそも月って黄色だよな。レモンイエローじゃないのか。あと乳白色とか。 ______________と当人は思っている。 ミステリアスでも何でもない。呑気な人間なのだ。 魔法使いや魔女が生業とするように、彼もまた薬や香を調合することを趣味としている。 「これは気付け薬になるやつだ。あっ、これは滋養強壮に使えるやつだ」 森の中は濃い緑の(くさむら)がたくさんある。 茂みに屈んでは、ぱっぱぱっぱと(むし)って草を籠に放り込んでゆく。 「あっ、これは……後で、書庫で調べてみようか」 一応分からないながらもキープしておいて、籠に入れておく。 時間が経つのを忘れるほど夢中になって採取に勤しんだ。すでに籠の中はいっぱいになっていた。 さて、このくらいでいいだろう。腰を上げ、引き上げて戻ることにした。 シファの祖国である花の都と呼ばれるリゼルハイドは温暖な気候、貿易業が盛んな大陸随一の大国である。 シファの父である国王、マールテンは王になる器ではないと云われていた。 武芸も学問もからっきしで、人のよさはあれど、人を惹きつけるようなカリスマ性など皆無だったからだった。 だが商売や経営能力に長けていて先見の明もあり、交渉術を駆使して特産物や工芸品を諸外国に売り込み、絶妙な価格で売りさばき、あれよあれよという間に貿易や商業でこの国に繁栄をもたらした。 国が潤い豊かになると近隣諸国はあやかりたいと倣い、貿易や生産に力を入れるようになり、自然と戦争のない世の中になっていった。 ひとりの男がはじめたことが世界を変えたのだ。とても素晴らしいことだ。シファは父を誇りに思っている。 リゼルハイドにいた頃は週に四日教会で祭司を務め、休日は自室の地下室に篭って神学関連の書物を読み耽る。完全にインドアである。 普段は白い法衣を纏い、教会で宗派のひとたちを相手にしているときの一人称は「私」で、常にきらきらしているのに、王城の自室では自分のことを「俺」と呼び、汚れてもいいような黒に近いグレーのチュニックやローブで過ごす。 オンとオフがはっきりしたゴロゴロとする自堕落な休日だ。 饅頭を齧りながらグレーの岩のように見えるクッションに凭れて寝転がる。グレーの服装にグレーの小物、グレーの背景。完全に周りの風景と同化しているようだ。 彼はこのような狭くて暗い場所を好む。岩を積み上げた壁の、牢獄のように見える空間だ。 静かで暗くて涼しいし、没頭するにはもってこいだ。 だがこの場所は湿気が籠り、すぐにカビ臭くなってしまうので、定期的に場所を替えて移り住む必要がある。 シファが寛いで本のページを捲っていると ____________きゃはははは。 遠くからひときわ騒がしい笑い声が聞こえてきた。 「ああ、兄様。こんなところにいた」 同じ顔が四つ並んでいる。 そのまま細胞分裂したのではないかと思うほど彼女たちの顔は似通っていた。 一卵性双生児の四つ子だ。 アーシャ、サーシャー、コーシャ、ターシャは七つ年下の四つ子の妹たちだ。十九歳になる。 身に纏っているのは白い紗の生地に花の模様が織られた上衣、ハイウエストの巻きスカート。 銀色の大きな睛に長い睫毛が縁取られている。 かわいらしさに神秘的な雰囲気も加味されている。だが本人たちは明るく天真爛漫な性格なので、ギャップのある美少女なのだ。 銀糸の流れるような長い髪。 サイドに天珠のような紋様の施された細い樽型のビーズを五個づつ付けている。 兄同様、同じ銀髪なので、よく月光の精のようだと評されるが、顔立ちはそれほど似ていない。 シファのいる私室(へや)というよりも狭い秘密基地のような場所にぞろぞろと四人は集まる。 菓子鉢に盛られた饅頭を見つけるなり 「いいもの食べてるね」「あっ私も」「私も」「私も食べたい」 次々に手を伸ばし、数が足りなさそうと云ってモメはじめ、ジャンケンで決めようとする。 「ああっ、ちゃんと人数分あるから。足りなくなったら厨房に行って作ってもらったらいい」 こし餡、つぶ餡、しろ餡、うぐいす餡、ごま餡、変わり種でサツマイモ餡、かぼちゃ餡と種類も豊富だ。 フカフカしていない。食感は固めで大きなおやきに近い。 饅頭は彼らの父である国王の大好物なので、厨房で毎日大量に作り置きされている。切らしてはならない。でも食べきれないときもあるから余ったら、従者だろうが召使いだろうが誰でも食べていいことになっている。 「兄様は、またこんなところにいて」 「ここが一番落ち着くんだよ」 装飾の凝った私室はちゃんとあるが、殆ど使われることはない。一国の王子が好き好んでこんなに辺鄙(へんぴ)な空間にいる。何とも風変りだ。 神職につくために三年間は寮に入って規律正しい生活をしていた習慣が未だに抜けきらず、気付いたらマメに掃除するようになってしまった。あるあるだと思う。なので、あまり物のないミニマムな暮らしが落ち着く。 家事とか身の回りのこととか一通りちゃんとできるようになった、料理が得意になったというのもあるあるだよな、と妹たちに訊くと「ただ野菜を切るだけで、云われた雑用をやっているだけだったよ」 率先して、味付けを担当する人間は上達するかもしれないが、妹たちは得意な人に押し付ければよかったので、そうでもないらしい。 代々うちは神職に携わる家系である。 唯一王である父、マールテンだけが修行中に饅頭が食べられなくなるのが嫌だという理由で神職にはつかなかった。 その代わりに神職以外の職で、食い扶持を稼いで一人前になると宣言して身分を隠し、商家の方へ住み込みで修行して商業を学んだ。という異色の経歴を持つ。 「饅頭の食い過ぎであんな顔になったんだろうな」とシファが云う。 マールテンは福福しい恵比須顔で、お腹が大きく張り出ているふくよかな体系だ。 元々商売に興味があった。好きな物=才能のあるものということになる。 めきめき頭角をあらわして、店一軒任されるようになり、評判が評判を呼んで次々に店舗を増やした。 「何それ、饅頭の店?」 「最初は豆菓子の店だと云っていたよ」 炒った大豆に煮詰めて白くなった砂糖衣のついたお菓子だ。 「豆菓子は地味でお年寄りか子供しか食べないイメージがあったけど、若い女の子向けにして。量り売りだったものをお徳用の大袋にして、要望があればひとり用の食べきりサイズにして」 「パッケージをかわいくしたり、フレイバー(ココア、抹茶、シナモンだとか)を増やしたりして、工夫したらしいよ」 「繁盛してきたら、カステラとかプリンとか看板メニューを増やして。それも売れるものだから、パンとか喫茶も併設して、店のオリジナルグッズも出したって」 「けっきょく何屋だか分からなくなっちゃうね」 店は今も健在で着々と店舗を増やし続けているそうだ。

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