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第9話
窓もなく閉め切って薄暗く、光も差さない部屋だったが、もう朝になったのかと気付いた。
あれからシファの寝所で寝てしまっていたのだということを思い出す。
リヴェラは眼を醒ました。傍らには既にシファはいなかった。
それほど大きくない寝台だと思っていたけれど、ひとりで寝ると案外広い寝床で、ひとり分空いたスペースぶんのシーツが冷たかった。
ひどい寝相だ。掛け布は半分外れていて、シーツはくしゃくしゃで、記憶は殆どないがいつの間にか黒っぽい夜着に着替えていて着乱れてはいなかった。
決闘に勝ったのに、騙し討ちで酷い目に遭わせられるなんて思いもよらなかった。
あんなの反則だろ……。
気怠い。昨日の今日で余韻の残りまくった身体だ。
さんざん好きにされて弄ばれて、くたくたになって疲れて熟睡してしまった。
屈辱だ。横になったになったまま起き上がることすらままならない。
その上、シファはここにはいない。得体の知れない不快感が募る。
いや、顔なんて見たくはないけど。人をほったらかしにしてどこへ行っているんだ、あいつは。
リヴェラが不服に思ったと同時のタイミングで、ドアが開いてシファが部屋に入ってくる。
「おはようございます。お目醒めですか」
「どこへ出掛けていた?」
「毎朝拝礼することが習慣なのです。それで森に散策に」
「ずいぶんと余裕だな」
ムスッと機嫌悪く呟く。ひとの気も知らないで、と。
シファは自分が出掛けていて戻るまでリヴェラが目覚めないようにあらかじめ魔法をかけていて、実に用意周到だった。にもかかわらず、先にリヴェラが覚醒してしまった。
自分の魔法が力不足だったのかな。
もっと念入りに魔法をかけておけばよったなーと呑気に考えていた。
「寂しかったのですね。目醒めたときに愛し合った人物がいないのは、心許ないですしね。私もできればお傍についていていたかったのですが、どうしても外せない用事ゆえ仕方なかったのです。ああ、心細い思いをさせて申し訳ありません」
「違う、断じて違う」
頭を下げるシファに、リヴェラは真っ赤になってうろたえる。
「ですが、お祈りするときも森を歩いているときも私はずっと夕べの事を思い出しておりました。夢のようなひとときでしたよ」
「わ______________これ以上恥ずかしいことは云うな……!」
「何故ですか、ふたりでむつみ合うことは素晴らしいことではないですか」
「あー、もういい」
これで云っていることが本当なら、神聖な場所でみだりな想像をしていたことになる。
仮にも神職者なのに。……なんて罰当たりなんだろうか。
「寂しいときは寂しいと仰ってくださっていいんですよ」
おろうことか、両手を広げてリヴェラに抱きつこうとしていた。リヴェラは寸前でかわした。全く油断も隙もない。
にっこりとシファが笑う。不思議だ。
昨日シファを見たときは確かに女にしか見えなかったのに、どう見ても男にしか見えなくなってしまった。
白粉とリップの薄化粧を落としただけではないような気がする。
声色も女性的なやや高い声から地声である中音域の声に変わったし、激しく攻められて抱き込める力が強かったとか、程よく引き締まった体つきを見てしまったせいもある。
自然と生々しい夕べの行為を思い返してしまい、顔が熱くなり、打ち消すように話を変える。
「……それより、後ろに何か隠しているだろ。見せてみろ」
よく見るとシファはもじもじと後ろ手に持っているものを背中に隠している。
ふふふと、勿体 ぶるようにして笑ってから
「見て下さい。懐妊しました」
嬉しそうに、輝くような表情で抱えながら大きな卵を見せつけられる。
通常胎児はニ、三キロ。そのサイズが収まっている大きさである。
この世界の人間は卵で生まれてくる。男子同士でも婚姻、妊娠することができるのだ。
「えっ、まさか、昨日ので?」
リヴェラはなんとも苦い顔をしていた。
昨日今日会ったばかりの人間とこんなことになるなんて。
世継ぎは欲しいとは云ったが、こんなはずではなかったと驚く。
「ええ。こんなに早く授かるなんて、なんて幸運なことなのでしょう。じきに生まれてきますよ。楽しみにして下さい」
ああ、なんてことだ。悪夢のようだ。
くしゃくしゃになったシーツを掴みながらリヴェラは途方に暮れる。
だが、世継ぎをもうけるという目標はクリアできたというわけか。
相手はどうであれ、ひとまず自分の役目はこれでなんとか果たせたかと複雑な気持ちになる。
「ときに、リヴェラ様。お加減の方はいかがでしょうか。起き上がれますか?」
思いっきり突かれたので、身体がきつい。破瓜の痛みというのがあるが、男子もされる側は痛いことには変わりがない。
腰が痛い。どうにも動けそうもないと思っていたら
「朝食はここに運んでもらって、ふたりでいただきましょう」
「一緒に食べたくない」
俯いてリヴェラは呟くのだが、どうにも覇気がない。
「そうは云っても動けないのですから、どうすることもできませんよね」
給仕を呼んで、支度をしてもらう。早々に退出してもらい、ワゴンに載って運ばれてきた銀のトレイを、行儀が悪いけれど膝の上の掛布の上に載せる。
トレイに並べられた器にはパンやスープ、サラダ、果実が盛られている。食欲はあるが、いかんせんあまり喉を通らない。
シファもサイドテーブルで同じものを食べている。
パンをちぎって口にしながら、シファはリヴェラをじっと見つめる。
食べているところを見られていると何とも居心地が悪い。
視線を感じる。しかし食べていないと要らぬ心配をしてきそうなので、せっせと口に運ぶ。
「よかったです。食欲はあるようですね」
「お前は心配しすぎだ」
「夕べはリヴェラ様にご負担をお掛けいたしました。さぞかしお身体が辛いだろうと、反省しております」
改めて謝罪するが、しらじらしい言葉だ。
辱しめるためにワザと云っているのではないかと思うほど。
「気持ちばかりが先走ってしまい、あなたのお身体を気遣う余裕がなかった」
「恥ずかしいことを何度も口走るなよ。そう思うのなら二度としなければいいだろう。もうするな」
「それは無理ですよ。ふふふふ」
「ああそうだろうな。云った俺が馬鹿だった」
二度も三度もあんなことがあるのだろうか、これから……。
フォークを持つ手が止まる。
正直、もう勘弁してほしいと思った。
「くれぐれもご無理はなさいませぬように。……そうだ。ご予定がないのでしたら、ここで私といっしょに過ごされてはいかがでしょうか?」
シファが期待に満ちた眼でじっと見つめる。
構わずリヴェラはサラダを黙々と口に入れながら視線を上げずに答える。
「これを片付けたらすぐにここを出る」
「えー、いっしょに過ごしましょうよー」
隣で寝転がりながらシファに駄々を捏ねられて鬱陶しくて邪魔だった。
「話したいこともたくさんありますし、お身体を休ませるいい機会ですよね」
「話すことなんて何にもないだろ」
「えーそんなー」
こっちは昨日式典やらシファの相手をしていて、丸一日潰れてしまったのだ。
どうにかして遅れを取り戻さなければならない。
「病人でもあるまいし、さすがに部屋に篭ってずっと寝ているわけにもいかないだろ」
すぐに行かなければならない。サボるなんて選択肢はない。
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