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からかい 1話

思えば──最近のフィサは、やけにシグマに構い続けていた。 理由は単純だ。 「シグマの仮面が崩れる瞬間」が、自分に向いたときだけ訪れる。 その事実に気づいてしまったから。 そして、その変化が……妙に気になってしまったから。 だからフィサは今日もまた、シグマの周りを ふわふわと漂うように近づいていた。 その距離は、もはや “近い” では足りない。 肩が触れる寸前──そんなところまで来た、その瞬間。 シグマの反応は、鋭かった。 「……フィサ様っ……失礼します……!」 触れるかどうかの距離で、 シグマの白い指がフィサの胸元にそっと添えられる。 そして── ふわりと、しかし確実にベッドへ押し倒した。 「わっ──!?」 驚いて目を丸くするフィサ。 荒々しさはまるでない。 ただ “傷つけないように” という異常なまでの気遣いだけがあった。 ──だが、その後だった。 シグマ自身が、まるで弾かれたように後方へ跳ね退いた。 ベッドから離れたのではない。 “フィサから” 無理やり距離を取った。 ドンッ!!! 背中が壁に激突し、部屋が震える。 その勢いは、止める気があったとは思えないほどだった。 「シ、シグマさん!? だ、大丈夫ですか!?」 フィサが慌てて起き上がると、 シグマは片膝をついたまま、壁に手をつき、息を整えていた。 痛みを見せない。 けれど──理性を引き戻しているのは一目でわかる。 そして、壁に背を預けたまま、 金の瞳だけでフィサを射抜く。 「……フィサ様。 それ以上近づくのは……本当に……お控えください……」 少し掠れた声。 けれど震えはない。 ただ “本気” の警告だけがそこにあった。 フィサの胸がきゅっと縮む。 シグマは服の乱れを整え、 いつもよりほんの少し速い動作で一礼した。 「……では、失礼いたします。」 振り返りもせず、足音も早めに退室していく。 扉が閉じる。 残されたフィサはしばし呆然とし── やがて、胸の奥で何かがふつふつと湧き上がってきた。 それは、後悔でも恐怖でもない。 更なる好奇心だった。

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