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冬の祝祭 2話
灯火飾りの光が揺れる賑やかな冬の市。
冷たい空気の中、甘い焼き菓子の香りが通りを満たしていた。
「レーベ、あれ……いい匂い……!」
フィサが目を輝かせて指を伸ばす。
ルヴェーグはその横顔を見て、柔らかく微笑んだ。
「焼き菓子かい? 食べてみる?」
二人は手を繋ぎそうで繋がない距離のまま、
そっと屋台へ歩み寄る。
「じゃ、じゃあ……これを……!」
伸ばした手が──
屋台の真ん中で、かすかに触れた。
コツッ。
「す、すみません!」
「……あ、こちらこそ……!」
ふたりは慌てて手を引っ込める。
すぐさま、ルヴェーグが一歩前へ出て、
優雅な所作で軽く頭を下げた。
「私の連れが、失礼いたしました」
声は穏やかだったが、
その身にまとう気配までは、誤魔化しきれない。
相対した猫背の男は、一瞬だけルヴェーグを見つめ──
控えめに、短く会釈する。
「あぁ……いえ。こちらこそ……失礼しました」
それ以上の言葉を交わすことなく、
両者はそれぞれ焼き菓子を購入し、
反対の方向へと歩き去っていった。
歩き出したところで、ルヴェーグが低く呟く。
「……シグマ」
すぐ後ろにいた執事が、静かに応じた。
「えぇ。先ほどの方々……
国立研究院の者のようですね。
様子を見てまいりましょうか?」
ルヴェーグは首を横に振る。
「いや、いい。今日は祝祭だ。
空気を壊す必要もないさ」
「……承知いたしました」
フィサはぽかんと二人を見比べ、首をかしげる。
「レーベ、緊急事態?」
ルヴェーグは、すぐに柔らかな笑みを作った。
「ううん、なんでもないよ。
さあ、次はどこへ行こうか?」
⸻
しばらくして──
少し離れた場所で、静かに歩いていたシグマの足が止まる。
(……声が聞こえる……)
(先程、屋台でぶつかった二人組……
そして“ドクター・バイル”という名……)
ゆっくりと振り返り、
路地の奥に見える二人の姿を一瞥する。
ほんの数秒のことだった。
だが、その気配に気づいたのは、ルヴェーグだった。
「……シグマ。早く来い」
振り返らず、
それでも確かに“見透かした”声。
シグマは微笑を消し、すぐに頭を下げる。
「……失礼しました。すぐ参ります」
「彼らなら、放っておけと言っただろう。
今日は祝祭だぞ」
主従の会話は、それだけで終わった。
「レーベ? 早く! こっちですよ!」
フィサの声に、ルヴェーグは足を止める。
「大丈夫だよ」
そう答え、フィサの隣へと急ぐ。
「さあ、次はどの屋台を見に行こうか?」
フィサの顔がぱっと明るくなり、
三人はまた、賑わう通りの中へと溶けていった。
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