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占い師の憂鬱

 占いなんてものは結局運命を切り開く切っ掛けであり、それは確定した未来ではない。こんな事を占い師が言うのは難だが、占いはあくまでもサポートの役割でその人間の運命を決める物ではないという持論だ――。  駅前のファッションビルの中に構えた占いの館は空調も効いていて涼やかではあるが、外に一歩出れば九月も半ばに入ったというのに残暑が厳しい日々が続いている。  学生達の夏休みも終わり占いの館も混雑が少し落ち着いたとはいえワイドショーや雑誌の占いコーナーに引っ張りダコの人気占い師ともなると話は別で、平日だろうと構わず客は絶えずやって来る。 「ほう、悪魔の逆位置が出ました。これは一見悪いカードに見えますが逆位置は良い兆しの象徴で解放や目覚めを指します。アナタの抱えているお悩みもここで吐き出した事で少し前を向けそうなのではないですか?」 「ありがとうございます……!聞いて貰えてだいぶ勇気が湧きました」  占い師ステラ――本名は東智也、24歳。派手な金髪と青いカラーコンタクト、そして柄物のシャツ。一見ホストと見紛う風貌だ。高校時代から占い師というものに憧れて独学で始めたタロット占いが的中すると校内で忽ち評判になり、高校を卒業してから最初はバイトで稼ぎつつ電話での占いから始めた。それが中々の稼ぎになり、今度は小さなテナントで。恵まれたビジュアルと巧みな話術、そして当たるという噂が瞬く間に広がりそれが気付けばファッションビルの一角を使ったこれ程の占いの館を構えられる程に成長した。 「最終的に運命を切り開くのはアナタの意思です。ボクに出来るのは少し先を見通して助言する事。さて……もう一枚の正位置の星のカードが示すのもとても良い意味です。可能性は実は既にもう手の中にあるのかもしれません。結論から言うとこのまま悩まず突き進んで良いと思いますよ」  にこり、と笑顔を客に向ければ嬉しそうな顔で頷いていた。今日はこの辺で終わりだろうかと客を見送ると受付からコールがかかり別の客の依頼が舞い込む。  構いませんよと返答すればすぐにドアがノックされた。入ってきたのは珍しい男性客。まだ相当若いと分かる肌艶で爽やか且つ真面目な印象の黒髪の青年。身長も高く180センチはあるだろうか。 「ようこそ、お座り下さい」 「し、失礼します」 「そう固くならずにリラックスして下さいね。早速ご相談、お受け致しましょう」  机を挟んだ向かい側に男性を座らせ、占い師ステラとしていつもの笑顔で応対する。こういった場所が不慣れなのが丸分かりな彼にリラックスを促して本題を切り出す。すると何とも喋りにくそうに口を開いた。 「あの……俺の初恋が実るかどうか、占って下さい」 「恋愛のご相談ですね。分かりました」 「お願いします……」  占いと言えばの上位に来るであろう定番の相談。なるほど、と頷いて机の上でタロットカードを時計回りに混ぜ、纏めてから手慣れた動作でシャッフルする。それをまた机に置いて上から七枚目のカードをまず一枚引き出して右に置き、更にもう七枚目のカードをその横に置く。  まず右側に置いたカードを捲ると正位置の魔術師のカードが姿を現した。 「正位置の魔術師。アナタは素晴らしい運をお持ちの様です。これは成功が期待出来るという結果のカード、もう一枚のカードが対策や取るべき行動を示します」 「はい」  魔術師のカードの左側に置かれたもう一枚を捲ると姿を現したのは正位置の戦車。これはこれはと珍しい結果に自分の口端が吊り上がる。 「同じく正位置の戦車です。これは勝利や前進という良き意味合いを持つカード。これ程都合の良い展開は中々ありません。アナタの初恋はこのまま押し切れば実る可能性が非常に高いと言えます」 「押し切……って良いんですか?」 「あくまでもこれは助言ですので百パーセントとは言い切れません。ですが良い兆しなのは間違いないでしょう。安心して下さい」 「よかった……ありがとうございます」 「いえいえ、占い師は迷える人々を導く仕事ですので」  改めて初恋の相談というとてもピュアで可愛らしい内容に少しだけ癒される気がした。さて今日はこれで店仕舞いだとタロットカードを一つに纏めていると目の前の青年が席を立つ前に意を決した様子で向き直る。何だろうかと首を捻った。 「あの、俺……須藤秋……えっと、春夏秋冬の秋って書いてアキって言います」 「はい?」 「まずはお友達から……って言いますよ、ね?あ、19歳でパティシエ見習いしてます」 「話が見えて来ないのですが?」  青年――秋の必死な様子に数度瞬きを繰り返す。実年齢もそうだが案の定とても若いなと思わされた。不意に手を取られ、そのまま握られる。とても暖かい陽だまりの様な温度。 「初恋の相手、ステラさんなんです」 「…………男ですよ?」 「ステラさんが男遊びしてるの噂で聞きました」 「ああ……ナルホド」  急に頭痛がして来た。確かに男女問わずバーで良い雰囲気になった相手をワンナイトで何人も抱いて来たし、裏で遊び人と呼ばれているのも知っている。実際バイセクシャルで来るもの拒まず、そして去る者も追わない。好きになった相手は居たがまぁ失恋したと言って差し支えないので実際フリーではある。やはり自分には恋愛は向いていないのだ。 「俺じゃダメ……ですか?」 「今は仕事中なのでノーコメント」 「分かりました、外で押しまくります」 「挫けないなアナタ!?」 「外で待ってます、待ってますから」 「誰も待てとは……」  妙に前向きな表情と共にパッと手を離され、ありがとう御座いましたと一礼して扉を開き出ていった秋を呆然と見送るしかなかった。これは中々面倒な事になったと頭を悩ませる。本気の恋なんて自分には似合わない、故に秋の熱意は受け入れられない。 「ああもう……オレも大概じゃん」  貼り付けていた占い師ステラとしての表情が一瞬剥がれる。このクソみたいな残暑の炎天下でいつ出て来るか分からない上に約束でさえない相手を待つなんて本当にバカだ。すぐに片付けを始め帰り支度を済ませ扉からブースを出る。受付のスタッフに「先に上がります」と告げて占いの館を後にした。  放っておけば諦めるかもしれないのに何故か放っておけなくて、無意識ながら足早に裏口から出て正面へ回る。ファッションビルの正面玄関に行けばすぐに分かる長身の青年が案の定待っていた。 「アナタはバカなんですか?」 「ステラさん!」  声を掛けると目を輝かせて寄って来る姿は主人を待つ忠実な大型犬を彷彿とさせる。恐らく待てと言えばいくらでも待つだろう。 「アナタのその熱意だけは認めますがボクも忙しい身なので……」 「振り向いてくれるまでめげません。戦車なんで」 「ポジティブバカという事だけは分かりました」 「押し切れば実るって言ったのステラさんじゃないですか」  確かに言ったがまさか我が身に起こると誰が思うだろうか。そこまでは流石に占えない。とにかくこんなところで問答していても埒が明かないと秋の腕を掴み近くのファミレスに足を向けて歩き出す。多分今此処で帰れと言って大人しく帰る男ではない。  秋が何か言いた気にしているが気にせず暫く歩くと目的のファミレスにつきそのままドアを潜った。少し待つかと構えていたが思いの外空席が有りすんなりと通された。  灼熱地獄と言っても過言ではない外に比べ店内は空調が効いていて涼しく、席に座るとふうと一息吐いた。 「ステラさん……俺」 「ストップ」 「まだ何も言ってないです」 「大体読めます」  すぐに来た店員にドリンクバー二つとストロベリーパフェを頼み、他には?と秋に視線で促すと彼はバニラアイスを注文した。二人揃ってドリンクバーに向かい、自分はアイスコーヒーを、秋はコーラをそれぞれ注ぐ。  テーブルに戻り椅子に座ってアイスコーヒーを口に含むと思っていたより喉が渇いていたのかじんわりと潤う感覚がした。 「せめてステラさんの本名教えて下さい」 「アナタは占い師のステラだけを知ってれば良いんですよ」 「俺はずっとステラさんを想って来たのでもっと先を知りたいです」 「あぁ、初恋拗らせ系ね……」  これは厄介だナ~と棒読みでアイスコーヒーを飲む。正直所詮ワンナイトと思っていた相手に言い寄られたことも何度かあった。その度どうにか躱して逃げて来た分恋愛なんて面倒だという認識の方が強く、人を好きになった事は勿論何度かあるがそれも今思えば気の迷いだったのかもしれない。 「……やっぱり覚えてませんか?いや、何でもないです」 「ん?何のコトだか」  不可解な言葉に疑問が湧いて秋に視線を向けると少し寂しそうな眼をしていた。何でもないというのなら大した事ではないのかもしれない。が、妙に何か引っ掛かった。  そうしている内に店員がストロベリーパフェとバニラアイスを届けにやって来た。それぞれ受け取ると挨拶をして店員が伝票を置いて去って行く。いただきます、とパフェスプーンを手にストロベリーソースの掛かったホイップクリームを掬い取り口に含むとその甘さで疲れが吹き飛ぶ様な錯覚をする。 「甘いもの好きなんですね」 「まぁ、それなりに」 「まだまだ未熟なんですけど、今度俺の作ったケーキも食べてくれませんか」 「……要検討」  ケーキと聞いて初めて拒否以外の言葉を発した気がする。そういえば聞いてもいないのにパティシエ見習いと言っていたなと思い出した。それよりも溶けない内にと次々とパフェのアイスやコーンフレークを混ぜて掬い口に含んでいく。 「って事は食べてくれる、かも?って事ですよね?」 「んー……条件付きでなら」 「何ですか条件って」 「ボクを満足させられるケーキを作るコト」  希望を見出したらしい秋が溶け始めたバニラアイスを急いでスプーンで掬って食べているのを見てそれに思わずクスりと笑う。決してケーキに乗せられた訳では無いがこれ程までに初恋拗らせ野郎の秋が面白くて少々気が変わった。 「分かりました。ならステラさんが満足出来るケーキ作れたら、名前教えて下さい」 「ハイハイ、満足させられたらですけどネ」  口の中の甘ったるいホイップクリームをアイスコーヒーで流し込む。ポケットからスマートフォンを取り出してトークアプリの友達登録用コードの画面を開きテーブルにそっと放った。  その意図を察したのか秋の行動はすさまじく早く、彼もスマートフォンを開いてトークアプリからそのコードを読み取る。恐る恐る幾つか操作した秋からスタンプが届いたスマートフォンを拾い上げてニィッと口元に弧を描いた。 「……手慣れてる男って感じでムカつきます」 「初恋拗らせ野郎クンはカワイイですネー」  スマートフォンをポケットに戻してけらけらと笑う。これは扱い様によっては揶揄い甲斐のあるおもちゃを手に入れたかもしれない。 「その呼び方最悪なんで秋って呼んで下さい」 「まー……気が向いたら?」  いかにも不服そうな秋がバニラアイスを平らげる頃にはパフェも残り少なくなっていて、最後のアイスコーヒーを飲み干した後秋にグラスを奪われる。 「アイスコーヒーで良いんですよね?」 「ほーう、出来る男ですね」 「持ってきます」  いつの間にかコーラを飲み干していた秋が二つのグラスを手にドリンクバーへと向かっていく。さてこの先どうなる事やらと思考を巡らせながらストロベリーソースが絡んだパフェのコーンフレークを嚙み砕いた。

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