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最終話 幸せな夢

 3月に程近い晴天の空の下は少しばかり暖かく、春の気配を仄かに感じさせてくれる。帰路を辿る足取りは軽く、いつもより少しばかり晴れやかな気分で夕陽を浴び二人並んで歩く道には仲睦まじい影が伸びていた。 「智也さん、寄り道してもいいですか」 「いいけど?」 「公園行きましょ」 「秋、大好きだもんねあそこ」  そう提案して来た秋がにこやかに先導を開始し、少しばかり寄り道する事になったが寒過ぎず心地の良い気温と綺麗な夕陽にそれも良いかとついて行く。そう経たずに思い出の詰まった公園に辿り着き、敷地内に足を踏み入れるとホットの缶コーヒーとコーラを買っていつものベンチに座る。 「ほら」 「ありがとうございます」  秋にコーラのペットボトルを渡した後コーヒーのプルタブを開けてひとくち飲み込む。温かなそれが喉を通り胃を落ち着かせた。コーラの蓋を捻って開けた秋もそれを飲み込んで一息吐く。 「これで見習い卒業だね、秋」 「智也さんが居てくれたおかげです。俺が頑張ろうって思えたのも、そもそもパティシエ目指そうって思ったのも」 「オレはいっぱい変わっちゃったけどさ、秋もこの公園もずっと変わらないんだなって思うと何か不思議な感じ」 「変わってないですよ、智也さんが良い人なのは」  ちびちび缶コーヒーに口を付けふう、と息を吐く。オレの事を心の底から良い人なんて言うのは秋位なものだろう。あとは皆、表面だけだ。 「秋はさぁ、初恋の成就率知ってる?2割未満。8割は砕けて散る計算」 「じゃあ俺はその2割に食らい付いた訳ですね」 「そこまで拗らせてんのが凄いって事だけど」 「俺には智也さんしか居ないと心に決めてたので」  本当に秋は真っ直ぐで、激重で、いっそ怖いくらいの感情を向けて来る。でもそれが段々心地良くなって当たり前に受け入れてしまう自分も居て、秋に出会った事で何もかもが塗り替わった。孤独に怯えて寂しさを誤魔化す事も無くなり、いつだって秋が満たしてくれるという安心感すら今はある。 「もしさ、オレにあのままフラれたらどうした?」 「それでも諦めなかったと思います、死ぬまで片思いだったかもしれません」 「アハハ、マジおっも……」 「でもきっと振り向いてくれるって信じてましたから。占い師ステラの導きは必ず当たるんです」  いっそ清々しい程の重たい感情に笑いが込み上げる。秋なら本当に死ぬまでオレを想っていてもおかしくないと思わせる妙な説得力があった。夕陽に照らされオレンジ色に染まる公園はオレ達以外居なくて、時を切り取ったかの様に静かだ。 「オレさぁ~秋が忙しそうにしてる時店行ってこっそりあの店長さんに頼んだんだよね、コンテスト見届けさせて欲しいって」 「それで何度か店来てくれてたんですか?」 「恋人なんで、って言ったらすんなり許可してくれた」 「言ったんです!?」  驚きが隠し切れないといった様子の秋が可笑しくてまた笑いが込み上げて来る。遊び人だったオレが同性の恋人を他人に公にするなんて過去の自分なら全くもって信じられない行為でしかない。 「良い人だな、秋のとこの店長さん」 「厳しいけど優しくて、親みたいな人です」 「こーんな見た目のオレの事まで信じてくれちゃって……」 「恋人居るって事は伝えてたんで」 「まぁ、とにかく見届けられて良かった。改めておめでと、秋」 「ありがとうございます。でもこれは通過点なので!俺は智也さんを笑顔にするケーキを作り続けるのが使命ですから」  ペットボトルの蓋を閉めた秋がそれをバッグに入れてからポケットに手を入れ、中から小さな箱を取り出した。緊張した面持ちの秋に首を傾げる。 「秋?」 「プロポーズみたいなことはこの間しましたけど、どうしてもこの気持ちを形にしたくて……入賞したら言おうと思ってました。給料の3か月分とかまでは流石に頑張れませんでしたけど、俺……智也さん無しじゃ生きていけないんです。改めて、一生傍に居て下さい」 「……重くていっそ清々しいわ。でも嫌いじゃない。いいよ、オレももう秋無しじゃ生きてけないから。幸せにして?」  秋が小箱を開けるとそこにはプラチナのシンプルなリングが入っていて、一瞬で理解したオレはしっかりと秋の言葉を聞いた上でゆっくりと左手を差し出した。 「好きです。絶対幸せにします、智也さん」 「愛してるよ、秋」  秋が慌てて小箱からリングを取り出し差し出した左手の薬指に震える手で嵌めていく。ぴったりと収まったそれは夕陽を浴びてきらきらと美しく輝いている。この人生、誰かに縛られる事など無いとずっと思っていた。でも過去の自分が思っていたよりも甘い束縛は心地良くて心を満たす。ぽろぽろと泣き出した秋の頭をくしゃくしゃに撫で回してからそっと口付けた。  真っ直ぐで可愛くてどうしようもなくオレが大好きで激重で強欲な秋となら、一生を添い遂げるのも悪くない。自然と年老いてもこのベンチで仲良く肩を並べている未来が脳裏に浮かんでそう思えた。自分の恋は占えないが、幸せな夢を見る事は出来そうだ。

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