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第6話 高台での再会
(昨日のあれは……なんだったんだろう)
両親の夢。
白鷺一族の〈選定者〉。
彼方の存在。
そして――
憎しみの眼差しを向けてきた、あの男。
説明のつかないことが、多すぎる。
(そもそも、また明日って……
彼方に会う方法なんて、知らないし)
春は考え事をしながら、
なんとなく高台の御社へと足を向けていた。
着いた先に、人影はない。
早朝のやわらかい日差しと、
風に揺れる木々の音だけが、耳に届く。
春は大きく一つ、背伸びをすると、
何も考えず、ただぼうっと
眼下に広がる大海原を見つめていた。
と、その時――
『春!』
突然、背後から声がした。
驚いて振り返ると、
数メートル上空に、
“満面の笑み”の彼方が浮いていた。
「うわっ! 出た!!」
思わず口から出た悲鳴に、
彼方の顔から、すっと笑みが消える。
『……そんな、人をお化けみたいに』
いや、お化けだろう。
心の中ですかさず突っ込みを入れた、その時。
下から、人の話し声が聞こえてきて――
やがて、昨日の青年二人が姿を現した。
直哉と、あの男だ。
視線が交差した瞬間、
春の心臓が、ひとつ大きく脈を打つ。
どうしたらいいかわからず固まっていると、
直哉がゆっくりとした口調で問いかけてきた。
「君……昨日も、ここで会ったよね?」
話しかけられて、
春は一瞬、息を詰まらせた。
直哉の顔色が、酷く悪い。
「……はい」
声が震えないよう、意識して短く答える。
「昨日は、私たちがいたから
帰ってしまったのかな?
もしそうなら……ごめんね」
思いがけず向けられた謝罪に、
春は慌てて首を振った。
「いえ! そういうわけじゃないです!」
勢いよく否定する春の横で、
彼方が直哉の隣に、すっと現れ、
嬉しそうに言った。
『ね? 言った通りでしょ。
直哉さんって、すごく優しいんだ』
彼方の声が聞こえていない直哉は、
春の反応を気にする様子もなく、
再び穏やかな声で問いかけてくる。
「君、ここへはよく来るの?
地元の子、かな?」
次々に向けられる質問に、
春は頭の中を整理しながら、言葉を探した。
「……幼い頃に、祖父の家に引き取られて。
それから、ずっとこの島に」
『へぇ~。春って、この島に住んでるんだね。
すごくいい所だよね、ここって』
彼方が無邪気に話しかけてくる。
――頼むから、黙っててくれ。
集中しないと、
うっかり彼方に返事をしてしまいそうになる。
陽気な彼方。
顔色の悪い直哉。
そして――昨日、睨みつけてきた男の、無言の圧。
(……カオスだ)
状況に頭が追いつかないまま立ち尽くしていると、
直哉がふいに、空を仰ぎ見た。
「……この島は、とても居心地がいいね」
言葉とは裏腹に、
その瞳は、寂しげに揺れている。
その影のある表情が、
顔色の悪さを余計に際立たせていた。
一瞬の沈黙のあと、
「そうだ、もしよければ……
地魚の美味しいお店、教えてくれないかな?」
空気を切り替えるように、
直哉が声の調子を変えた。
(地魚の、美味しいお店?)
「それなら――」
『直哉さん、お刺身が大好きなんだよ!
焼き魚より、断然お刺身派!』
……彼方。
ほんと、黙っててくれないかな。
「朝一で釣った新鮮な魚を、
捌いて出してくれる、評判のいいお店があります。
お刺身が絶品で……場所、教えます」
結果として、
彼方の希望に沿う形になった。
直哉が、隣の男へと話を振る。
「それはいいね。
蓮も、お刺身好きだよね?」
(……蓮、っていうのか。この人)
「俺は構わないが……
お前は、食べられるのか?」
(え……?
好物なのに?)
疑問を抱いた、その瞬間。
彼方の声が、小さく落ちた。
『……直哉さんね。
僕が死んでから……
まともに、食べていないんだ。
食べても、すぐに吐いちゃって……』
悲しみに満ちた、小さな声が耳に届く。
彼方を見た瞬間――
春は、気づいた。
(……彼方……透けてる?)
輪郭が曖昧で、
どこか、弱々しい。
長いこと凝視してしまい、
はっと気づいて、慌てて視線を逸らした先で――
蓮の、鋭い視線とぶつかった。
彼方の姿が見えない他者からすれば、
春は、何もない空間を
じっと見つめている、
不気味な存在にしか映らない。
けれど――
春を見据える蓮の瞳は、違っていた。
そこにあったのは、
不信感や嫌悪と呼ぶには、
どこか違うものだった。
まるで、
「それ以上、踏み込むな」
と告げられているような――
無言の圧。
(……どうして、そんな目で僕を見る?)
そんな二人の様子には気づかず、
直哉が、残念そうに口を開いた。
「……そうだね。
今はまだ、外の料理は難しいかもしれないね。
体調も良くないし……
そろそろ、戻ろうかな」
そう言って、
一瞬だけ視線を落とし――
直哉は、気を取り直すように微笑んだ。
「お店のこと、ありがとうね。えっと……」
「春です。白鷺春。
……その、お大事にしてください」
春は、そう言うのが精いっぱいだった。
直哉が一瞬、驚いたように目を見開くと、
ふわりと、優しく微笑んだ。
その微笑みは、あまりにも儚くて――
胸が、締めつけられる。
「ありがとう……蓮も、ごめんね」
「謝るな。
元々、お前の静養が目的で来たんだ。
無理してどうする」
蓮の声は、
直哉に向ける時だけ、
驚くほど、優しい。
「じゃあ……
私たちは、もう行くね」
そう言って、直哉が背を向ける。
『――直哉さん』
今にも消えてしまいそうな小さな声が、春の耳に届いた。
彼方だった。
彼方の身体は、さらに透け、
その瞳は虚ろで、様子がおかしい。
(……彼方?)
春は、思わず手を伸ばし――
指先が、彼方の身体に触れた、その瞬間。
突然、体の奥から、
“何かが抜け落ちていく”感覚に襲われた。
――――!!?
『春』
名前を呼ばれ、
はっと顔を上げると、
彼方は元に戻っていた。
輪郭も、はっきりしている。
彼方はにっこり笑うと、
「またね」と手を振って、
直哉へ寄り添うように、去っていった。
(……いまのは、いったい……)
ドクドクと、
心臓が早鐘のように脈を打つ。
胸元を掴み、
春は、初めての感覚に
動揺を隠せないでいた。
「……僕も、帰ろう」
そして、歩き出そうと、
一歩を踏み出した――その瞬間。
まるで、糸が切れた人形のように、
春の体が、地面へと崩れ落ちた。
足に力が入らない。
それだけでなく、
体の感覚そのものが、薄れていく。
嫌な汗が、滲んだ。
助けを呼びたくても、声が出ない。
パニックになりかけた、その時。
「――無様だな」
頭上で、
冷たく突き放すような低い声がした。
必死に顔を上げると――
そこにいたのは、信じられない人物だった。
(……蓮、さん……?)
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