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第7話 蓮と春
春を見下ろす蓮の瞳は、
底の見えない闇のように冷たく、鋭かった。
まるで――
人を見る目ではない。
「お前……初めてか?」
唐突に投げかけられた問いに、
春は呆然と、その瞳を見返すことしかできなかった。
(初めて……って、なにが?)
答えられずにいると、
蓮が音もなく片膝をつき、春の肩に手を置いた。
触れられた肩が、一瞬熱をもつ。
そして気がつけば、
体の異常が嘘のように消えていた。
「……あれ? なんで……?」
春は自分の腕や足に触れながら、
感覚が戻っていることを確かめる。
安堵の息を吐き、顔を上げた——その直後。
視界いっぱいに、
蓮の整った顔が飛び込んできた。
「ひ、ひえっ……!」
思わず変な声が漏れる。
慌てて身を引こうとするが、
距離はすでに詰められていた。
至近距離で覗き込んでくる蓮の切れ長の瞳と、
否応なく目が合う。
(ち、近い……!)
心臓が、理由もなく早鐘を打ち始める。
高く通った鼻梁。
薄い唇。
切れ長の瞳。
どのパーツを切り取っても、
作り物めいたほどに整っていて。
こんな美形、
生きている間に遭遇する確率って、どれほどだろうか……。
(ん?……あれ?)
ほんの一瞬。
蓮の瞳の奥で、
赤い光が、かすかに揺れた――気がした。
しかし瞬きをする間に、それは消えていて――
見間違いだ、と自分に言い聞かせる。
それよりも、
至近距離で美形に見つめられ続けるほうが、精神的にキツい。
「あ、あの……」
いたたまれない気持ちになり、とりあえず発した言葉を、
蓮が低く遮った。
「お前、無知なまま、何も知らずに生きてきたのか?」
突然の言葉に、春は目が瞬く。
「……は?」
無知……?
無知って、何が?
僕が?
何を言われているのか、まったくわからない。
蓮は春の反応を確かめるでもなく、
顎に指を当てると、
考え込むように静かに視線を落とした。
その仕草さえも絵になっていて、
もはや羨む気持ちすら湧いてこない。
「あの……言っている意味が、よくわからないんですけど……」
恐る恐る問いかけると、
蓮は思考を切り上げるかのように、すっと立ち上がり、
春を一瞥した。
「……安易な気持ちで、“人ならざる者”に近づくな。」
「え……?」
人ならざる者。
それは——
彼方のことを指している?
問い返す間も与えず、
蓮は背を向けると、
振り返ることなくその場を去って行った。
置いて行かれた春は、
その場にへたり込んだまま、しばらく動くことができなかった。
昨日から、立て続けに説明のつかないことばかりが起こる。
「……もう、本当に……何なんだよ……」
力なくつぶやき、
春は頭を抱えたのだった。
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