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第12話 中編・力の流れ

庭先に、蓮の低くよく通る声が響く。 「目を閉じろ。 昨日教えた通り、 自分の体から溢れ出る白鷺の力を視認するんだ」 春は言われた通りに瞳を閉じ、 そっと意識を自分の内側へと向けた。 血の巡る音。 呼吸の微かな揺れ。 そして、体から溢れ出ている、白く霞むような靄。 「……視えているか?」 「はい」 短く答えると、 蓮は一拍置いてから続けた。 「まず、お前に最も必要な身を守る術を教える。 力を全身に巡らせ、体を包み込むようにイメージしてみろ」 春は霧のような靄を動かそうと、意識を集中させる。 包む。 巡らせる。 守る――。 だが、いくら念じても、靄は応えない。 ピクリとも動かない。 次第に肩や背中に力が入っていき、 焦りが、体を強張らせていった。 と、その時―― 腹部に、温もりが触れた。 蓮の掌だった。 驚いて息を詰めかけた春に、 蓮は低く、しかし穏やかに告げる。 「力を入れすぎるな。 体の力を抜くんだ。 どんな時も、自然体でいることを忘れるな」 言葉と同時に、 蓮の掌がほんの少しだけ圧をかけてくる。 「……深く、息をしろ」 言われるままに、春は大きく息を吸い、 そして、ゆっくりと吐き出した。 肺が空になるにつれて、 張りつめていた体の力が、ほどけていく。 「そうだ」 その声は、さきほどよりも柔らかい。 「次に、俺の手に意識を集中するんだ」 腹部が、じんわりと温かい。 掌の熱が、服越しに伝わってくる。 「そのまま、力を集約してみろ。 腹部の熱に、靄が引き寄せられていくイメージだ」 春は、熱に意識を重ねる。 ――すると。 靄が、ゆらりと揺れた。 思わず息を呑む。 ゆっくりと、 だが確実に、靄は腹部へと集まっていく。 驚きで意識が散りかけた、その瞬間。 「集中しろ」 鋭い声が、意識を引き戻す。 「力を集めること以外、何も考えるな」 叱責ではない。 導くための声だった。 どれほどの時間、そうしていただろう。 靄が集まるほどに、腹部の熱も増していく。 どれだけ集めても、 春の内側からは新たな靄が湧き上がり、 途切れる気配がなかった。 「……いいぞ。充分だ」 蓮が、静かに息を吐く。 「次は、集約した力を使って全身を包み込む。 意識して、俺の手を追え」 蓮の掌が、腹部を離れ、 春の体をなぞるようにゆっくりと移動する。 その動きに合わせて、熱が動き、 それを追うように靄もまた、流れていく。 服越しとはいえ、 自分の体をなぞられる感覚に、 春は一瞬、呼吸の仕方を忘れた。 これは、指導だ。 力の流れを教えるための動き。 そう理解しているはずなのに、 その手の存在を、別の意味で意識してしまう。 胸の奥が、小さくざわめいた。 途切れかけた集中を 何度も蓮に引き戻されながら 太陽が傾く頃には、 春はある程度自分の意志で 白鷺の力を操れるようになっていた。

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