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第26話 精霊神
月の美しい夜だった。
島は提灯の灯りに彩られ、
浜辺には松明が並び、
篝火を囲んだ人々が、
お囃子と太鼓の音に合わせて舞っている。
その賑わいから一歩離れると、
背後に届くのは、
波の音と、風の音だけ。
そこには、
祭りの熱から切り離されたような、
静寂の空間が広がっていた。
山の最も高い位置。
一本の大樹の枝の上に、
ひとりの少年が佇んでいる。
人ならざる美しさを宿した、
整った顔立ちの少年。
その眼差しは、
眼下の高台へと注がれていた。
――ひとりの青年と、
ひとつの魂。
本来であれば、
人の世に干渉するつもりなどなかった。
だが、どういう巡り合わせか。
今年の祭りには、
あまりにも珍しい魂が集っている。
滅多に目にすることのない、
特別な魂たち。
ひとつは、
燃え盛る炎のように、
すべてを呑み込むほどの激しさを秘めた、
真紅の魂。
もうひとつは、
果ての見えぬ海を思わせる、
深く、澄んだ蒼の魂。
いずれも純度が高く、
恐ろしいほどに透き通っている。
――何かに興味を惹かれるなど、
いったい、何百年ぶりだろうか。
そして、最後のひとつ。
少年の視線が、
再び、高台の魂へと移る。
懐かしい色だった。
遥か昔、
縁を結んだ人間がいた。
その人間と、
よく似た魂の色。
だが、その輝きの中に、
時折、黒い靄が混じる。
今は、まだ堕ちてはいない。
――だが、このままでは。
闇に呑まれるのも、
時間の問題だった。
ふと、
かつて縁を持った人間の顔が浮かぶ。
声は、もう思い出せない。
名も、とうに忘れてしまった。
それでも――
自分に向けられた笑顔だけは、
今なお、胸の奥に残っている。
忠告は、すでに与えた。
あの魂は、
確かに、私の言霊を受け取った。
どちらの道を選ぶかは、
あの魂自身の意思に委ねられている。
たとえ、
異形の姿へと堕ちようとも。
それでも私は、
導こう。
精霊神としての使命に、
従って。
ただ、見守るだけ。
この瞬間も、
瞬きをするより短い、
ほんの一瞬に過ぎないのだから。
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