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第1話
ここは、マフィス王国のあらゆる研究を総括する国立研究院。
ある日、一人の青年が医務科に運び込まれた。運んできたのは、ややみすぼらしい男だった。彼は「一段落ついたら呼んでください。外にいます」とだけ言い残し、静かに治療室をあとにした。
我々医務科は病気の治療を担うことが多い。怪我人もいるが、研究員に配布される緊急シールドのおかげで、深刻な外傷は滅多に出ない。
だが今回の青年は――見た瞬間に異常だと分かった。
明らかに“電撃”だ。しかも強い。
魔法学部電気科、あるいは魔法物理学部電力科か……そう推測しながら、研究員バッジを読み取る。
「……え?」
思わず声が漏れる。
表示された所属は――
魔法物理学部・熱力学科。
熱力学科の研究員が電気ショックで重傷など、聞いたことがない。
それに、所属研究室の欄には“ドクター・バイル”の名があった。
これは搬送者に詳しく聞くべきだ。一通り処置を終え、外で待つという男を探す。彼は廊下の椅子に座り、落ち着かない様子で手を握っていた。
「あの、シャルルさんを運び込んだ方ですよね?」
「えぇ。」
「失礼ですが……シャルルさんとはどういうご関係で?」
「彼は……研究室の助手です。」
「助手ということは……あなたが、ドクター・バイルで?」
「えぇ……まぁ。」
「では、彼の怪我について何か心当たりはありますか? あるいは発見時の状況でも構いません。」
「……話すと長くなります。医務科の科長を呼んでいただけますか? 彼に話すべきだと思うので。」
「わかりました。熱力学科長のバイルさんがおっしゃるなら、科長も応じるはずです。」
別室に案内すると、まもなく医務科長が現れた。優しげな表情だが、ひとかどの人物にしか出せない“隙のなさ”を纏っている。
「……で、バイルくん。私を呼んだ理由は?」
「彼――シャルルくんをここに運び込むまでの経緯を、説明しようと思いまして。」
「ふぅん……。私は忙しい。端的に頼むよ。」
「……シャルルくんは、デモ隊に襲われました。爆弾の理論――我々の研究を狙われて。」
「……なんだと?」
医務科長の顔が険しくなる。
「なるほど。そのために私を呼んだのか。……確かに重大だ。すぐに部長会議に提出しよう。」
「……お願いします。」
「君は相変わらず、こういう場には出ないつもりだね。……だがいい。任せておけ。」
科長が急いで去っていったあと、バイル氏も立ち上がった。
「……シャルルくんの様子はどうだい?」
「一通りの処置は終えています。……お顔を見に行かれますか?」
「……ああ。」
シャルルさんの元へ案内すると、バイル氏はしばらく黙ってその寝顔を見つめていた。
やがて、シャルルさんがゆっくりと瞼を開いた。
「おはようございます。ここは医務科です。ご気分はいかがですか?」
声を出すことも苦しそうだ。無理もない――負担が大きすぎた。
バイル氏は安堵したように息を吐き、しかしすぐ拳を握りしめた。
「……シャルル君。……私は厄病神のようなものだ。君をこんな目に遭わせてしまうなんて……。きっと私は、これから先も君に不利益を与えてしまう。
君の才能を摘んでしまうくらいなら……私は、一人で研究を続けた方がいい。」
背を向けたままの顔は見えない。
だが、その肩が小さく震えているのが分かった。
ゆっくりと立ち上がり――
「……じゃあね、シャルルくん。」
それだけを告げて、部屋を出ていった。
ふとシャルルさんの方を見ると、
声にならない言葉が唇に浮かび、
動かない腕が、わずかに震えたように見えた。
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