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キミなしでは、もう生きられない・第1話-1

 北と南、東と西。下町の繁華街はどの駅口に降りるかで、その夜を過ごす運命が変わるくらいさまざまな横顔を持っている。  その混沌を隠してオシャレな街へ変貌を遂げようとしたとしても、夜になると化けの皮が剥がれることくらい地元民なら分かる。酔っ払いやケンカ、強引な客引き──眠りたくても眠れない騒がしい街。  そんな地元を蒼真(そうま)は嫌だと思ったことはない。慣れてしまえば愛着だって湧く。下町で生まれ育った阿方蒼真(あがたそうま)は普段あまり乗らない電車でサウナのためだけに見慣れた地元の駅で降りた。  目的地は北口から徒歩五分の男性専用サウナだ。  高校卒業後、ドラフト一位指名でプロ野球の世界へ飛び込んだ蒼真は東京の球団に入団して八年が経った。  かつては一軍のローテーションを担う先発ピッチャーを務めていたが、今シーズンは前半戦が終わるというのに一軍に呼ばれていない。真夏の後半戦で巻き返さなければ来季の戦力構想から外れてしまうかもしれない焦りでいっぱいだった。  だからこそ試合や練習がない日くらい穏やかな気持ちで過ごしたい。  頭を空っぽにしたくて通い始めたサウナはすっかり蒼真の休日のルーティンになりつつある。  今日もそのサウナ施設へ向かったはずだった。しかし気が付くと暖色の明かりが灯る部屋でサウナに入ったときと同じ格好のまま、真っ裸でベッドに横たわっている。 「……ここは、どこだ?」  さっきまでサウナ内でアウフグースを受けていた。それなのにどうしてベッドの上にいるのだろうか。思考を巡らすと軽く頭痛がする。  たしかに体調は良くなかった。まいにち体が重すぎて野球どころではないのが本音で、サウナ施設の鏡に映った自分の顔を見てぎょっと驚くくらいやつれていた。  明るめのブラウン色に染めた髪は屋根のない二軍球場で受けた紫外線のせいでパサついて見える。ナチュラルなセンターパートで長めの襟足も流行りに合わせて整えてもらったはずがあちこち跳ねてだらしない。それに日々の積み重ねで焼けた肌がよけいに顔色を悪くさせ、リスのように小粒の目元はすっかり輝きを失い、かわいらしさのかけらもなかった。  変化したのは顔だけでなく、商売道具の体にも支障をきたしたいる。  速い球を投げるには下半身の安定が必要なのに、夏場の暑さに耐えるために増やしたウエイトは見事に減ってしまった。野球選手としては小柄ながらも自慢のがっしりとした体形が崩れゆく恐怖が拭えない。 「抑制剤が強すぎるんじゃないのか?」  チームトレーナーの片山聡(かたやまさとし)はロッカールームでこっそりと蒼真が薬を飲んでいたのを見かけて心配してくれた。蒼真自身も本当ならば負担になるから抑制剤など飲みたくないのだ。 「この世に第二の性なんかが発見されるから……」と蒼真は自分がSub性という属性にどうコントロールしていいか悩まされている。  中学の授業で習った第二の性。それは世の中の進化により、ダイナミクスという力量関係によって男女の性とは異なる性が発見されたという内容だ。  DomとSub。そのふたつの性は信頼と庇護の関係で結ばれるらしい。たいがいの人間はNomalに所属しているが、高校入学時に受けた検査で蒼真は「Sub」という結果を受け取った。 「オレみたいに、Switchできる場合もあるんだぞ。だから蒼真が辛いときは相談して」  球団にひとりは配属されるようになったDomとSubの性を切り替えることができるSwitchの片山トレーナーはみるみるうちに体調を崩し始めた蒼真を気にかけてくれた。 「そういえば、蒼真って東京の下町の出身だったよな? そっちに良いサウナ施設あるから行ってみるといいぞ」  通い始めたサウナ施設を勧めてくれたのは片山トレーナーだ。ときどきその施設の情報を仕入れては教えてくれる。今回は腕のいい熱波師が入ったらしい、という情報を得たらしく、それを聞いた蒼真は期待をしながらアウフグースの時間がやってくるのを待っていた。そこまでの記憶はある。  100℃近い室内。ヒバの香りが漂うアロマストーン。嗅覚を研ぎ澄ませて湿気の多い空気を吸い込み、目を閉じたのが間違いだったのかもしれない。次に気づいたときには見知らぬ部屋にいたというわけだ──。 「ホテル……なのか、誰かの部屋なのか……?」  様子を確認したいけれど、頭は重く、まぶたは勝手に下がってしまってもどかしい。それに体は発熱したかのように悪寒があった。 「……あ、気が付きましたか?」

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