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キミなしでは、もう生きられない・第1話-2

 まどろむ意識の向こうで、蒼真の様子を確認する誰かの声が聞こえる。その声にすがりたいのに蒼真は声が出せずに口をぱくぱくと動かすことしかできなかった。 「もう大丈夫です、ボクが傍にいますから。それにしてもいきなりサウナで倒れるから驚きましたよ。でもアクシデントがあったおかげで、こうして二人きりで会えたから……感謝しかないんですけどね」  大きな手のひらで髪を撫でられたような気がした。温もりを感じた瞬間、その手のひらへ擦り寄ってしまう自分が現われる。触れられた場所からじゅわっととろけるように心地良い。 「もっと……撫でて……欲しい」  意思とは関係なく甘えたような声で蒼真は見知らぬ人物へ告げる。 「わぁ、まだコマンド使ってないのに、おねだりできるなんて偉いですね」  誰かに褒められた蒼真は洗い立てのファブリックに包まれたような気持ち良さを体感した。これがもしかしてDom性の人物から受け取るご褒美なのだろうか。 「Domのパートナーがいれば、不調が消えるかもな」  そう言ったチームトレーナーのせめてもの慰めだったのかもしれないが、選手生命が崖っぷちの蒼真にとってはどんな些細な情報でも不調が消え去るなら教えて欲しかった。Subと診断されてから、いつかはDomを必要とするときが来ると覚悟していた。医師からも「抑制剤ではなくて、Domパートナーとのケアやプレイのほうが体には良い」と言われている。  触れられた場所が癒されてゆく魔法のような手のひら。耳の中がとろとろに溶けそうな甘い囁き。  もしかしたらこの人物なら、自分を救ってくれるのではないのだろうか──。 「Look(こっちを見て)、阿方さん?」  とつぜん名前とコマンドが叫ばれ、びくりと蒼真の体は反応してしまう。あれだけ重たかった瞼が嘘のように目が開いた。 「やっと二人きりで会えましたね。十年かけてようやく阿方さんの傍に来ることができました……。コマンド使うのは卑怯かもだけど、ボクにとっては願ってもないチャンスなので許してください」  悦びを噛みしめながら蒼真を覗き込んでいる男はすらりと背が高く百八十センチをゆうに超えていそうだ。細面だが筋力がしっかりと備わった体格で、百七十センチ前半の身長である蒼真をすっぽりと包み込めるだろう。 「えっ? だ、誰!」と蒼真は喉の奥から掠れた声を絞り出して精いっぱい叫ぶ。 「大きな声出さないで? 阿方さん」  蒼真の名字を慣れた様子で呼ぶ男に心当たりがなかった。  隆々とした筋肉からは想像できない白い肌。引き締まった臀部。プロ野球を生業にしている蒼真よりも恵まれた体格だ。襟足を伸ばした黒髪のウルフヘアが印象的な男は長めのサイドをハーフアップに束ねていたが、ときおりはらりと乱れる前髪が色っぽくて喉が鳴った。

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