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キミなしでは、もう生きられない・第1話-3

「コマンドが効くとこんなに阿方さんに見つめてもらえるんですね。嬉しいなぁ」  コマンドのせいで蒼真は彼から目が離せない。その男は満足そうに切れ長の目元でにっこりと笑うと目尻に優しげな皺が寄った。すらりと通った鼻筋と横に広い薄い唇が印象的だ。  その笑顔を頼りに脳内に散らばった記憶の断片を繋ぎ合わせて辿る。 「もしかして、サウナで助けてくれた人……?」 「はい、正解です」 「あぁ、熱波師の方だ。でも、どうして……俺の名前を知ってるんだ? それに十年かけてなんとかって……初めて会った気がするんだけど」 「覚えてないんですね……。そうだとは分かっていたんですが、現実になると思ったより傷つきました」  切れ長の目元を涼しげに伏せて、熱波師の彼は小さく溜息をついた。 「えっ? あっ、ごめん……。その覚えてないというか、ヒントとかないかなって……」 「半藤(なかふじ)です。もうこれがヒントどころか答えですよ。半藤航希(なかふじこうき)、覚えてません?」 「なかふじ……こうき?」  乾いた口のなかで名前を反芻する。しかし重たい頭ではうまく記憶が繋がらずに、ひたすら半藤という熱波師と見つめ合う時間だけが過ぎてゆく。 「ボクと初めて出会った日のこと覚えてないんですね」  相変わらず悲しそうな顔で見下ろされても蒼真にはどうしようもなかった。覚えていないのだから嘘をつくこともできない。 「大丈夫です。これから阿方さんは少しずつボクのこと思い出してくれればいいですから。それにこうしてふたりきりでホテルにいられるだけでボクは夢みたいなので」 「えっ? ここ、ほ、ホテルなの?」 「いま気が付いたんですか? あのサウナ施設からそう遠くないラブホテルですよ?」 「しかもラブホテルって……!」  全裸の姿である自分がなにかされたのではと思い、急に両手で胸を隠す。 「いまさら……っていうかサウナでも隠しませんよね、胸は」  たしかに、と蒼真は顔を赤らめる。 「あの施設、男性専用サウナって謳ってますが、Sub専用のケアもやってること知ってました?」 「いや、知らない」  片山トレーナーが勧めた理由に合点がいく。腕のいい熱波師ではなくて、蒼真にとっては効能が高い熱波師が揃っているという意味だったのだろう。 「だから阿方さんが倒れたときも、ケア専用の処置室に連れて行こうと思ったんですが……」  急に半藤は顔を近づけて「倒れたのが、阿方さんだって気づいたから、そのままボクがお持ち帰りさせていただきました」と囁いた。

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